1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の加害者である男性「元少年A」(33)の現在の容貌を写した写真や生活の様子を紹介する記事が、2月中旬発売の週刊文春に掲載され、大きな波紋を広げた。
文春は、両目を隠す黒線を入れ、背景にボカシを施すという画像処理をしたうえで、電車の椅子に座ったり、携帯電話を操作している「元少年A」の写真を掲載した。また、「身長165センチ前後」「大学生と言われても信じてしまうほど幼い顔つき」など、本人の身体的特徴を描写している。
「元少年A」は昨年6月に、事件を起こした経緯やその後の人生をつづった手記『絶歌』(太田出版)を出版して議論を呼んだ。また、その後も「公式ホームページ」を開設し、積極的に情報を発信していた。
週刊文春の記事によると、取材班は、『絶歌』が発売された後、半年以上、男性の取材を続けてきたという。取材した意図については、次のように説明している。
「『元少年A』はなぜ『絶歌』を書いたのか。彼は果たして更生したといえるのか。私たちの社会は、どのように彼を受け入れていけばよいのかーー。突きつけられた重い問いに答えを出すには、いま一度、少年Aとは何者なのかに迫らねばならない」
今回、文春に掲載された記事は法的に問題はないのか。萩原猛弁護士に聞いた。
●「一律絶対禁止」と考えるべきではない「今回の『元少年A』の記事や顔写真の公開については、その取材対象者がほんとうに『元少年A』であったとすると、少年法61条に抵触するのではないか、という点が問題となります。
少年法61条では、『家庭裁判所の審判に付された少年又は少年の時に犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない』としています。
この規定や、審判の非公開の規定(少年法22条2項)は、少年の名誉・プライバシーを保護することによって、少年に否定的な社会的烙印が押されて少年が社会から排除されることを防ぎ、少年の更生を図ろうとするものです。
本条の規制は、少年が成人に達した後にも及ぶとされています」
萩原弁護士はこのように述べる。今回の週刊文春の報道は問題があったということだろうか。
「そうとは言い切れません。少年法61条による少年の氏名等の報道禁止は、一切の例外なく、『一律絶対的禁止』と考えるべきではないと思います。
少年事件における少年の氏名等の報道も、表現の自由(憲法21条)によって保障され、国民の知る権利の対象です。
犯罪やそれに関連する事項は、もともと公共性の高いことがらです。事件に対処した捜査機関・司法機関・矯正機関の対応は適切だったのか等の検討も含めて、これらは、十分な情報開示のもとで公共的な討論による民主制原理に委ねられるべき分野です。
こう考えると、少年法61条の規定も一律絶対禁止を規定したものではなく、少年の犯した罪の重大性、社会に与えた影響、国民の関心の程度を踏まえて、その適用が制限されることもあるというべきでしょう」
●「表現の自由」が優先するのか?今回のケースについて、どう考えればいいのか。
「神戸児童殺傷事件は、被害者の児童の頭部を切断し、それを中学校の校門の外に置き、犯行声明文を送ったという殺人事件です。事件は、社会に与えた影響も大きく、国民の強い関心の対象となりました。
『元少年A』は、すでに成人に達し、少年院を退院しています。彼が少年院での矯正教育のもと矯正・更生し得たのかという点は、現在でも、多くの国民の関心事でしょう。
それに加えて、自ら本件についての本も出版しています。そういった事情を踏まえれば、表現の自由の保障が優越し、少年法61条の要請は背後に退くと考えるべきではないでしょうか。
もとより、興味本位に姿をさらすことを目的としたような報道は表現の自由の保障のらち外ですが、国民の正当な関心に応えようとする真摯な報道は、形式的には少年法61条に抵触するような場合でも、許容される場合があるでしょう」
萩原弁護士はこのように述べていた。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
萩原 猛(はぎわら・たけし)弁護士
埼玉県・東京都を中心に、刑事弁護を中心に弁護活動を行う。いっぽうで、交通事故・医療過誤等の人身傷害損害賠償請求事件をはじめ、男女関係・名誉毀損等に起因する慰謝料請求事件や、欠陥住宅訴訟など様々な損害賠償請求事件も扱う。
事務所名:ロード法律事務所