いつか憧れた揺るぎないヒーロー像とハードな人間ドラマを送り出す小説レーベル「ノベルゼロ」。大人が惚れる大人の主人公を通して、物語に触れる喜びを追求していく。そんな「ノベルゼロ」から今回取り上げるのは、縹けいか著『食せよ我が心と異形は言う』(WYX2:イラスト/KADOKAWA)だ。
この日、英雄は突きつけられる――。世界の平穏のために、人類の一部を犠牲にすることはできるか?
2017年、地球に≪異形の天使(グリゴリ)≫なる怪異が現れ、世界各地で人を虐殺し街を破壊した。のちに≪大奇禍(ヘブンズダウン)≫と呼ばれるこの大災害を救ったのは、特殊な能力を持つ6人の少年少女だった。人々の希望となった彼らは、今も英雄として語り継がれている。そして、そんな英雄から一人だけ犠牲者が出てしまったことも。
≪大奇禍≫から10年を迎えようとする頃、英雄の一人、黒羽園(くろば・えん)の前に死んだはずの月白カノが現れる。精神が破壊された彼女が見せるのは、あまりにどす黒く凄惨な英雄譚だった。真実を知った黒羽は、英雄への復讐を開始する。
身も蓋もない話しだが、とにかく胸糞悪いキャラクターのオンパレードである! いや、本当に悪なのはこの作者なのかもしれない……。なにせ、年端もいかない少年少女に大人でも答えに窮する選択を迫るのだから!
人々の絶望を喰らうという≪異形の天使≫は、英雄に「まもなく満腹になるからもう少し待て」という。つまり「今だけ殺戮を見過ごせば、のちに世界は救われる」というのだ。その時すでに、真っ向からやり合っても英雄には勝ち目のない状況だった。
月白が選んだのは、殺戮を見過ごすこと。月白と黒羽は恋人のような関係であり、負傷した黒羽を救うため世界を敵に回そうとする。一方で、それは英雄的行為に反している、そう考える者もいた。あくまでも英雄であろうとする彼らが取った行動は……戦うことではなく、なんと月白を≪異形の天使≫に突き出すことだった! 特別な力を持つ英雄であれば絶望のエネルギーも大きい。そう考えた彼らは≪異形の天使≫の前で、月白を嬲り蹂躙する。納得した≪異形の天使≫は月白を絞りかすになるまで絶望させる代わりに、人類の虐殺を止めた。そして10年後、月白は「廃棄」されたのだ。
それが黒羽の知った真実。ページをめくる手にも力が入る。気づけば「いいぞ、やっちまえ」と心の中で黒羽に声を掛けている。そして、黒羽はやってくれるのだ。
彼は月白を失った悲しみからあらゆる生の楽しみや欲望を捨て、月白が守ろうとした人類を守るために≪異形の天使≫が残した≪異形人≫と戦い続けてきた。ひたすらにストイックでひたすらに純粋な彼が、血なまぐさい真実を知ったらどうなるか。……最強のアンチヒーローの誕生だ。
復讐を果たし月白を元通りにできるのなら、≪異形の天使≫と手を組むことだって厭わない。黒羽は愚直なまでに真っ直ぐな復讐劇を開始する。その姿はあまりに悲しく、あまり美しく、あまりにかっこいい。
冒頭から衝撃続きの本書は、どこへどう向かおうと絶望しかない。それでも面白いのは、世界の終わりや英雄の存在を扱いながら、どこまでも「人間の欲望」を描いているからだろう。黒羽しかり、月白しかり、ほかの英雄だってそうだ。壮大な物語の中で紡がれる、欲望と欲望のぶつかり合いを楽しんでほしい。
文=岩倉大輔