北朝鮮は長距離弾道ミサイルの発射実験を継続する姿勢を見せている。周辺国の包囲網が機能しなくなっている今、独裁国家とどう対峙すべきか。このほど『日本逆植民地化計画』を上梓した社会学者・橋爪大三郎氏が、アッと驚く解決策を提言する。
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今回のミサイルは日本の上空を通過して、宇宙空間に達しました。改良された弾道ミサイルの飛距離は1万km以上で、米本土もゆうに射程に入ります。日本全域はとっくに北朝鮮の中距離ミサイルの射程内に収まっています。アメリカ軍はさらに北朝鮮に手を出しにくい状況になったと言えるでしょう。
国防委員会第一委員長の金正恩は、朝鮮人民軍の統帥権(軍事指揮権)を持っています。平たく言えばいつでも戦争できる権限があります。
もしも韓国軍や韓国に駐留するアメリカ軍との軍事衝突が起きた場合、朝鮮人民軍は祖国を守るため全力で戦うでしょうから、双方で数十万人の犠牲者が出ると考えられます。ソウルが砲撃されて多くの市民が犠牲になるかもしれません。戦況によっては、核兵器が使われる可能性もあります。当然、日本もただではすみません。
北朝鮮が独裁国家として存在するせいで日本が困り、韓国が困り、中国が困り、アメリカが困り、そして何よりも朝鮮人民が困っている。とはいえ、独裁政権を力で打倒すれば、大混乱に陥り、朝鮮人民がさらなる苦しみを強いられるのは目に見えている。
さて、この厄介な核保有国を戦争なしで崩壊させることができるのか。有効な方法があります。ここで重要なのは、その端緒を開くことができるのは、日本だけだということ。
独裁国家を平和的に瓦解させる道筋を考えてみると、まず朝鮮人民が大量の難民となって国外に亡命する状況を作り出す必要がある。
それには第一に北朝鮮の人々が、いまこそが脱北するチャンスだ、と確信して行動に移さなければなりません。現在も決死の覚悟で亡命する人はいますが数が少なすぎます。政権の屋台骨を揺るがすほどの影響はありません。一族総出や村ぐるみで逃げ出すという状況が必要になる。
そこで日本政府が現実的にできることが「北朝鮮からの難民受け入れ宣言」です。
北朝鮮から日本へ逃れてきた人々を、全員無制限に受け入れると、声明を出す。そして海上保安庁やボランティアの船を北朝鮮沖合の公海に常時展開させます。公海上なら朝鮮人民軍も手を出せません。漁船などで脱北してきた人を発見したらすぐに保護し、日本で安全に生活できるよう支援を行なう。
とはいえ、船を調達して海を越えるのはハードルが高い。現実的に日本に助けを求めるのは数百人程度。受け入れコストはたかが知れています。ただ、仮に少人数だとしても、難民たちが日本に救出される様子は世界中のメディアがこぞって報道するでしょう。
韓国や中国のメディアも例外ではありません。間接的にでも情報が北朝鮮に伝われば「国外に脱出すれば、新たな人生が待っている」という朝鮮人民へのメッセージになります。人民の心は大きく揺さぶられることでしょう。
しかし、海からの越境はなかなか難しい。陸伝いに逃げようとしても韓国国境である38度線付近には多数の地雷が埋められています。となれば大半が目指すのは……そう、中国国境です。
当初は慎重でしょうが、話が広まれば、雪崩を打つように数十万人規模の難民が国境に押し寄せるでしょう。国境を警備する朝鮮人民軍の兵士では難民を食い止められません。兵士たちも朝鮮人民です。難民の苦しみを知る兵士たちは銃の引き金を引くのを躊躇する。場合によっては兵士自身が難民になる。やがて国境は開放状態になります。
しかし難民たちが目指すであろう中国側が受け入れを認めるかという問題がある。そもそも中国は難民受け入れにメリットを感じていませんし、脱北者が殺到したときの国内の混乱を恐れています。
亡命者を受け入れるか否か。中国の判断が、独裁政権の平和的な崩壊を実現できるか、最後の焦点となります。
ここで考えなくてはならないのは、韓国、中国の世論がどう動くか。韓国にとっては同胞の問題です。日本が難民を受け入れているなら「自分たちも」という世論が沸き起こり、積極的な支援に向かう。
一方、中国はどうか。日本と韓国の状況、各国の世論は無視できません。北朝鮮崩壊は避けたいという配慮も働く一方、これまで通りに国境を警戒して、脱北者を逮捕し、強制送還していていいのか、という議論が生まれる。しかも習近平国家主席は金正恩の核政策や冒険主義的行動に対し、堪忍袋の緒が切れる寸前まできている。そんな状況だからこそ、これまでの政策を変更して、難民を受け入れるという習近平政権の決断が現実味を帯びてくるのです。
もちろん難民が大量に発生する現実に北朝鮮も手を拱いているだけではありません。
ただし打てる手は限られている。これまでのように脱北を試みる人を力で抑えるしかない。ここまでくれば、亡命を取り締まる側の人間が脱北者になる瞬間がやってきます。とすれば、独裁政権の崩壊は時間の問題。私はこれを期待したいわけです。
当然ながらこの計画にはアメリカの支持と承認が不可欠です。政権崩壊後、在韓米軍が中国を無視して北朝鮮に一方的に進出するといった行動を行なわないという約束が必要です。つまり米中間ですみやかに、北朝鮮を非武装地帯にするなど緊急の協議をまとめなければなりません。
「難民受け入れ宣言」はリスクが少ない上、武力衝突に比べて人的にも物質的にも被害が軽微で済みます。何よりも日本には、最初の一石を投じる責任がある。
現在の朝鮮半島問題には、日本の植民統治が深く関係しています。日本の降伏で朝鮮半島に権力の空白が生まれた。そして国際政治の力学によって、北と南に分断され、そのあおりで北朝鮮に軍事独裁政権が誕生した。
日本にとって北朝鮮の難民はほかの国の難民とは根本的に違います。語弊を恐れずに言えば、独裁政権下で苦しむ北朝鮮の人びとは、かつて日本国民として同胞だった人びとの子孫です。彼らが亡命を求めた場合、日本には受け入れる道義的な義務と責任があるはずです。
「難民受け入れ宣言」は、人道的な面から見ても、歴史的な背景を考えても日本だけが行ないうる有効な方法ではないか、と思います。
※SAPIO2016年4月号