水や空気のように、私たちの日常生活に当たり前のように存在するポップミュージック。20世紀に誕生し、テクノロジーや流行、政治状況といった時代ごとの社会のあり方にビビッドに反応し、そのサウンドや表現方法をめまぐるしく変化させてきました。その歩みを「配信サービス」から読み解きます。
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「アップル」「LINE」が与えた衝撃
定額制音楽配信サービスの普及に合わせ、プレイリスト単位で音楽を楽しむ層が生まれています。
特定のテーマに沿って、バラエティー豊かに曲が詰め込まれた音楽の福袋。リストを介して知らない曲に出会い、作り手の選曲センスに感心し、さらには、オリジナルリストを作って自ら発信まで行う。新たな音楽文化は、低迷が続く音楽産業を刺激しつつ、作品の「聴き手」と「作り手」の関係にも変化をもたらしているようです。
定額料金を支払えば数百万、数千万曲がストリーミング方式で聴き放題――。それが定額制音楽配信サービス最大の売りです。昨年「アップルミュージック」「LINE MUSIC」「AWA」と参入が相次ぎ、「ストリーミング元年」などと呼ばれました。
一足早くスタートしている「レコチョクBEST」も加え、利用者の獲得合戦は激化。2015年の同サービスの生産額は123億円と前年比158%増で、低迷する音楽市場の中にあって、目覚ましい成長を見せています。
シェアして盛り上がるって新しい
そうしたサービスの中で、プレイリストが注目される理由は、いたってシンプルです。この手のサービスは、ともすれば、万単位の曲を前に、利用者が「何からどう聞けばいいか、途方に暮れる」可能性があるからです。
プレイリストを通じて、様々な切り口で音楽を楽しむ機会を生み出すーー。それは、夜空の無数の星を、星座として分節し、意味を与える行為に近いと言えます。
「失恋した時、泣いちゃうのに聴きたくなる曲」
運営側もリストを用意しますし、何より、音楽を楽しむ側が、好きな曲を、好きな順番で、古い新しい関係なく自由に組み合わせ、SNSなどで友人や第三者に伝えることができます。
「何げなく選んだプレイリストから思わぬ曲を発見する喜びを得られるのはもちろんのこと、自分の作ったプレイリストが相手から『いいね!』される場にもなる。評価される快感を得ようと、リストを作る人が出始めていますね」。
長らくデジタル音楽業界を取材してきた音楽評論家の榎本幹朗さんは、そう指摘します。と同時に「ウォークマン登場以降、長らく、音楽は個人でひっそり楽しむ『パーソナル化』が進んできましたが、逆転現象が起き始めるかもしれません」とも。
例えば「LINE MUSIC」。リスナーが作ったプレイリストを、LINEを通じて他人に公開できます。誕生日や記念日にふさわしいプレイリストを作り、その日に合わせて友人らにスタンプ感覚で届ける。そんなコミュニケーションも可能です。
「プレイリストを自分だけで楽しむ以外に、友人らとシェアして盛り上がる空間を作っていきたい」。同社の高橋明彦取締役は意気込みます。
また、昨年8月のサービス開始以来、400万のプレイリストが作られているAWAでは、利用者が作ったリストを、趣味嗜好が近い他のユーザーに「お薦め」として知らせる機能もあります。
これはまるで「ミックステープ」
しかし、この手の話、特定の世代には既視感があるかもしれません。そうです。好きな曲を録音してオリジナルのカセットテープを作り、友達に貸し借りしては音楽談義に花を咲かせたあの「ミックステープ文化」です。
日本に近く上陸するとうわさされる世界最大手スポティファイは、利用者が作ったプレイリストをフェイスブックなどのSNSで共有できる機能をいち早く搭載したことで知られていますが、榎本さんによると、開発にあたっては、まさにミックステープ文化が念頭に置かれていたといいます。
「プレイリスト文化は、1980~90年代に流行した音楽現象が、ネットに舞台を移し、再興しているわけです」
ところで、レコードというフィジカルな複製メディアが抱える「収録時間の制約」を逆手に取り、ビートルズが「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」でコンセプトアルバムを発表したのが1967年。以来、ポップミュージックの世界で、音楽作品とは「個々のアーティストが作るアルバム」を長らく指していました。
しかし、プレイリストが行き交うコミュニティーでは、それらアルバムは、聴き手に瞬く間に「解体」され、別の曲と「結合」させられ、異なる文脈の中でネット上に「拡散」していきます。
聴き手は音楽消費者であると同時に、発信の主体にもなる感覚です。「第三の波」のアルビン・トフラーの言葉を借りれば、「情報革命で人々は消費者(コンシューマー)から、家庭で生産もする、いわばプロシューマー(生産的消費者)になる」イメージでしょうか。
「解体」されない価値、生み出せますか
ちょうど1年前のグラミー賞受賞式。米国のポップスター「プリンス」が、最優秀アルバム賞でプレゼンターとして登壇した時、こんな言葉を残しました。
「アルバムって覚えてる? アルバム。今でも大事だ。本や黒人の生き方と同じで。今夜も今後も」。
発言の真意は当人のみぞ知る、でしょう。ただ、iTunesで曲が「バラ売り」され、プレイリスト文化まで台頭する昨今。プリンスの発した言葉に、「プロシューマー的リスナーに解体されない作品を作る決意」という文脈で読み解くのも、あながち見当違いでないかもしれません。
日本で定額配信サービスは、始まったばかりです。プレイリスト文化が今後どこまで広がりを見せるかは未知数ですが、長らくレコード会社のディレクターなども務め、ポピュラー音楽研究者でもある生明俊雄さんは、こうした動きを興味深く見つめています。
「世の中に無数にあふれかえる音楽を取捨選択し、聴き手に届ける。そうした音楽の仲介者としての役割は、古くはレコード会社にのみ与えられ、後にラジオ、テレビへと広がりました。それが、ここにきて、聴き手にも渡ったように思えます。聴き手が、発信者としてクリエイティブな力を発揮できる時代になっているのでしょうか」
プレイリスト文化は、誰もがディスクジョッキーになれる時代--。「1億総DJの時代」の到来なのかもしれません。