3月3日の「ひな祭り」の日。タレントやモデルとしてスカウトされた若い女性たちが、本人の意に反して、アダルトビデオ(AV)への出演を強要される被害が相次いでいるという調査報告書が発表され、大きな注目を集めた。
NPO法人ヒューマンライツ・ナウが公表したこの調査報告書をめぐっては、AV業界関係者などから批判する声もあがっている。現役AV女優の初美沙希さんは3月5日、ツイッター上に「少なくとも私が見ている今のAV業界は『とてもクリーンです』。自分の意志でやらせて頂いています。そしてたくさんの仲間も…」と投稿した。
また、現役女優のかさいあみさんは、弁護士ドットコムニュースのインタビュー取材に「悪いプロダクションがあるなら撲滅したほうがいい」としながらも、「(報告書の内容は)私の実感からかなり遠いです」「『業界全体が悪』みたいに思われるのはイヤです」と答えた。
その一方で、「強要とはいかないまでも、説得されて出てしまって後悔するケースもある」とブログにつづった人がいる。吉成安友弁護士だ。AVとは知らずにバイト面接を受け、説得されて出演した女性から相談を受け、AVが録画されたDVDの販売差し止めを請求したことがあるという。
今回の報告書で問題とされている「強要」とは異なるようだが、AV出演をめぐる一つの実例といえる。その女性はなぜ、AVに出演したのだろうか。そして、なぜDVDの販売差し止めを求めたのか。吉成弁護士に話してもらった。
●「バイト面接当日、すぐにホテルに行って撮影」――まず、その女性がAVに出演することになった経緯を教えてください。
インターネットのバイト募集の広告を見て、面接を受けに行ったことがきっかけでした。サイトに掲載されていたのは、「AV出演」の仕事ではなかったのですが、面接に行ったところ「もっと短時間で稼げる仕事があるよ」と説得されたそうです。そして、当日すぐにホテルに行って撮影されました。
――当日だったんですか・・・出演強要はなかったんですか?
強要とまではいえなかったと思います。だけど、だまし討ちといえる勧誘だし、長時間にわたる執拗な説得がありました。人生経験が少ない若い女性が、まったく心構えがないところに、百戦錬磨の口のうまい人から、どんどん畳み掛けるように説得を受けたのです。
たとえば、セミナーや教材の勧誘などでも、長時間の説明を聞いていると、だんだん「どうでもいいや」という気分になってきますよね。そんな感覚で、撮影して販売するという契約書にサインしてしまったようです。
しかし、実際にDVDが発売されて、女性はことの重大さを痛感させられた。報酬額は、おそらくほとんどの人が聞いたら驚くような、本当に微々たる額で、自分の裸が世間に出回るに見合ったものとは到底いえないものでした。サインをした時点では、長時間の執拗な説得などもあって、通常の精神状態ではなかったのでしょう。
●「ダンボール一箱のDVDを手で割った」――どうして、販売差し止めを請求したんでしょうか?
私が依頼を受けたとき、女性はなにか書面にサインをした記憶はあったものの、控えを渡されておらず、内容も覚えていませんでした。ただ、会社からその書面を入手すると、映像を販売することを認める旨の記載がありました。裁判で争っても難しいかもしれないと考えましたが、女性がとても傷ついていたため、とにかく今後の販売を差し止めるよう求めて交渉しました。
――話し合いには応じてくれたんですか?
そうですね。何を言っても応じてもらえないんじゃないかと思っていたんですが、あえて金銭的な請求はおこなわず、経緯の問題等を指摘しつつも、女性がいかに傷ついているかを訴えて、応じてもらえました。そういう業界だからこそトラブルを避けたいというところもあったのかもしれません。
偏見ですが、そういうプロダクションやメーカーは、いかにもヤクザみたいな人間が運営しているのかと思ったら、実際はそうではなく、普通の人でした。対応も悪くなかったです。もちろん、だからといって、強引な手法で人生経験の少ない女の子を傷つけたことを正当化できるわけではありませんが・・・。
――話し合いの結果、どうなったんでしょうか?
すでに売れてしまった分は仕方ないけど、在庫でかかえているDVDやマスターテープを破棄してもらえることになりました。そのあと、大きなダーンボール一箱いっぱいのDVDが送られてきました。すべて手で割りました。あと、相手の会社に行って、マスターテープを引きちぎりました。
――どんな場合でも、そう簡単に応じてもらえるものなのでしょうか?
そんな簡単に引き渡してもらえる保証はないと思います。また、すでに流通したぶんは回収できません。このケースの場合、あまり原価もかかっていませんでしたし、相手も「正直、あまり売れていないんです」と言っていました。もし、たくさん売れていたら、そのぶん流通していたでしょう。ある意味で、不人気な作品だったことが幸いした面も・・・。
●「一部でも強要が起きていたら絶対に問題だ」――今回話題になった報告書には、AV出演を「強要」されているケースが記されています。こうしたケースはよく起きているのでしょうか?
私が関わったAV出演のケースはその1件だけなので、正直なんともいえません。ただ、「強要はおこなわれていないよ」「実態とは違うよ」という意見は、それなりに正しいように思われます。というのも、強要が大部分という話だったら、もっと早くから大きな問題になっていたでしょうから。
だけど、注意すべきは、99%が強要じゃないからといって、強要が存在しないという話ではないということです。1%でも強要が起きているなら、それは絶対に問題です。
――もしAV出演を強要された場合、どう対応すればいいのでしょうか?
現状として、法律による制度的な保護は十分とはいえませんし、証拠がないと裁判を戦えなかったりもするので、女性たちが自分の身を自分で守る手段を身に付けることも必要だと思います。
たとえば、強要を受けている場面を密かに録音しておいたり、強要があったことを裏付けになるようなメールのやり取りを残したりすべきでしょう。また、将来のことを考えて、断る勇気も持たなければなりませんが、一人で戦うのは難しいでしょうから、早い段階で弁護士などに相談すべきだと思います。
――どんな制度があればいいのでしょうか?
本来なら、こういう契約こそ、女性の保護のために、法律で規制をすべきだと思います。たとえば、契約書の「必要的記載事項」を定めたり、女性側に「無理由解除」を認めたり、あるいは、任意に締結された契約であるかどうかの「証明責任」を業者側に課して、業者側が任意性を立証できなければ、契約の無効や差止め請求、損害賠償責任を認めることなどが考えられます。
ただ、こうした法制度を設けることは、国家としてAVを推奨しているかのような印象を与えるとの反発も予想され、なかなか現実的に難しいかもしれません。
(了)
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
吉成 安友(よしなり・やすとも)弁護士
東京弁護士会会員。企業法務全般から、医療過誤、知財、離婚、相続、刑事弁護、消費者問題、交通事故、行政訴訟、労働問題等幅広く取り扱う。特に交渉、訴訟案件を得意とする。
事務所名:MYパートナーズ法律事務所
事務所URL:http://www.myp-lo.com/