アイドルはもはや文化である。かつてはサブカルチャーの一翼を担う存在として語られていたが、多くはライブ会場の盛り上がりをみるにつれて、胸を張って「アイドルを追いかけています!」と声高に叫べるような、社会を取り巻く空気感もただよう。
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ただ、一方ではいまだ“アイドル好きである”という事実をひた隠しにする人たちも存在する。友人にいえない。同僚にいえない。彼女にいえない。嫁さんにいえない……。何かに熱くなれるというのは本来、胸を張って誇るべきことであるが、得体の知れない葛藤に怯えながら客席からアイドルの成長と活躍を見守るという行為にうしろめたさを感じたり、興味はあるのに二の足を踏んでしまったりする人たちもいる。
それは何とももったいない話で、せっかくたぎりはじめた情熱の灯火を絶やすべきではない。勇気をもってライブという名の“現場”へ足を踏み入れればきっと、日々の活力にもなる。それでもあと一歩が踏み出せないというみなさん、特に、中年の方々へぜひ届けたい本がある。
一つは、ももいろクローバーZの公式ライターかつアイドルオタクを自称する小島和宏さんの著書『中年がアイドルオタクでなぜ悪い!』(ワニブックス)。もう一つは、書評家やSF翻訳家の肩書きを持ちつつ、50代にしてハロー!プロジェクト(以下、ハロプロ)にハマったという大森 望さんの著書『50代からのアイドル入門』(本の雑誌社)である。
両書は今年2月後半に続けて刊行された。本とは流行を映す鏡ともいわれるが、ちょうど時期を同じくして“中年”“アイドル”というくくりから、似た書籍が発行されているのはけっして偶然とも思えない。そこで、小島さんと大森さん、それぞれが伝えたかったものは何かを紹介していきたい。
◆アイドル好きに才能はいらない。遠征は「大人の社交場」への入り口
自著にてアイドルとは「大人の嗜み」であると豪語する小島さん。子どもや若者とは異なる「うしろめたさ」や「恥じらい」がドキドキ感やワクワク感に変わるからこそ楽しめるというが、趣味に選ぶべき理由を次のように語る。
面倒なルールもなければ、なんの才能もいらない。
仕事を続けていればお金や時間にゆとりが生まれてくる。しかし、例えばスポーツには才能がいる。一方、アイドルを追いかけるには気持ちひとつあれば十分。何もライブへ足を運ぶ必要はなく、CDやDVDを買えば、すぐさま「在宅ヲタ」になれる。
ただ、そこからさらに“現場”へ足を運ぶのは、ハードルの高さも感じられるだろう。実際、小島さんも「高校生や大学生の娘がいたっておかしくはない(言い換えれば、アイドルの親と同年代になった)」世代として抵抗はあったというが、ライブの先にもうひとつの楽しみを見つけた。
◆アイドルを追いかける楽しみのひとつに「遠征」がある。
首都圏からみれば地方へ行くこと。対して、地方からみれば首都圏へ足を運ぶのも遠征にあたる。これの何が楽しいのかといえば、アイドルをきっかけに旅行できるのはもちろん、ライブ後の飲み会で共に“現場”の思い出を分かちあった“戦友”たちと酒を酌み交わせるからだ。
同じグループを追いかける者同士は不思議と繋がっていく。年齢や性別、日頃の肩書きなども気にせず、情熱を語り合えば自然と輪も広まっていく。小島さんは「『大人の社交場』の入り口」と表現するが、趣味を通して繋がり合う絆というのは、たとえようがないほど結びつきが強い。
◆思い立ったが吉日。推しメンがステージを去る前に“勇気”を出して参戦
では、ライブへの第一歩をどう歩むべきなのだろう。ハロプロを追いかけはじめて2年を迎えた大森さんはひとりぼっちでのライブ鑑賞、すなわち“ぼっち参戦”をすすめている。「やっぱり一度は現場の空気を味わってみることをおすすめしたい。せっかくナマで観られるなら、観られるうちに観といたほうがいいんじゃないか」というが、その理由は以下のとおりだ。
女性アイドルの平均活動期間はせいぜい5年くらい。
ライブだけではなく、とりわけ昨今のアイドルたちは握手会をはじめとした接触系イベントを毎日のように開催していることも多い。ただ実際、二の足を踏んでいるうちにお気に入りのメンバー、いわゆる“推しメン”がグループを離れてしまった先での後悔たるや、何ものにも代えがたいものである。
ライブ動画はたとえ推しメンが現場を離れてからでも観られる、貴重な記録である。しかし、現場での活躍が見られるのは今だけだ。だからこそ、ぼっち参戦への勇気を伝える大森さんは「事情がわからなくて困ったことがあれば、まわりの人に訊ねてみると、だいたいは親切にいろいろと教えてくれます」と背中を押してくれると共に、「思い立ったら足を運んでみてください」とやさしく語りかけてくれる。
現場の取材を通して仕事と趣味が結びつく小島さんと、連載を持ちながらあくまでも純粋な1人のファンとして思いを伝える大森さんの書籍は、それぞれ性格が異なる。しかし、一貫しているのはそこに“アイドルへの愛”が溢れているということだ。年を重ねても、胸を張って「好きだ!」と誇れる両者にはカッコよさも感じられる。
何ひとつ怯える必要はない。両書を手にして、アイドルの現場へ足を運んでくれる人たちが増えることを、アイドルファンであるこの記事の筆者も切に願いたい。
文=カネコシュウヘイ