競技としてビデオゲームやコンピュータゲームの腕を競い合う「eスポーツ」。海外では野球やサッカーと同様に“プロスポーツ”という認知が浸透し、プロリーグやプロチームも存在している。巨額の賞金がかかった大会も開催し、トッププレイヤーが数千万円を稼ぐほどの盛り上がりを見せている。
「海外の盛り上がりと比べると、日本のeスポーツは厳しい状況」――日本eスポーツ協会(JeSPA)で理事を務める東京大学 馬場章教授はこう話す。「日本eスポーツ選手権大会」やドワンゴが主催する「闘会議」など、国内の大会も増えつつあるが、欧米との認知度の差は歴然だ。日本と海外でこれほどまでの差が生まれたのはなぜなのか。
●“ガラパゴス化”が進み過ぎた日本のゲーム文化
「日本でゲームといえば据え置き型ハードが主流。部屋で1人で遊ぶか、家族や友人とプレイするもの」――馬場教授によると、日本が「eスポーツ後進国」となった根本的な要因は、そんな“ガラパゴス化”が進んだゲーム文化にあるという。
欧米では1970年代に、テレビに接続するタイプのPC「ホームコンピュータ」が登場。各メーカーがこぞって新機種を発売し、激しい価格競争による低価格化が進み、主にゲームなどで遊ぶためのPCとして一般家庭に普及した。
インターネットに接続でき、チャット機能を備えるといったホームコンピュータの特徴を、欧米のメーカーはいち早くゲームソフトの開発に取り入れた。チャットで知り合った見知らぬ人同士が勝敗を競い合う――という対戦型の仕組みを作り、eスポーツの原型が生まれていった。
一方、日本では、1983年に任天堂が発売した「ファミリーコンピュータ」がヒット。欧米の影響で日本でも流行し始めていたPCゲームを市場から一掃し、国内メーカーが家庭用据え置き型ゲーム機に注力するきっかけになった。
その後、国内では任天堂やセガ、ソニーなどが家庭用ゲーム機のヒット作を次々と発売。「ゲームといえば、部屋で1人で楽しむか、家族や友人とのコミュニケーションツールに過ぎない」という考えが定着していった。家庭用ゲームソフトの多くは子どもを主要ターゲットとし、競技性が低いため、eスポーツの源流が生まれなかったと馬場教授は説明する。
日本は“おじさんゲーマー”不足?
馬場教授によれば、海外のeスポーツ界はプロ選手をトップとする「ピラミッド構造」が成立しているという。「サッカーに例えるなら、国の代表選手を頂点にして裾野が広がっているイメージ。サッカーを遊びと考える人もいれば、頂点を目指したい人もいて、プロ選手になるための道のりが開けている」(馬場教授)。
しかし、日本のeスポーツは「頂点の存在」が知られていないばかりか、プロの世界が存在することすら世間に浸透していないのが現状だ。「日本でもプロゲーマーはいるが、eスポーツを支持する“ピラミッド構造の中間層”が存在せず、遊びとプロの二極化が進んでしまっている」(馬場教授)。
日本のゲーム文化の特異さは、ゲーマーの平均年齢の低さからも見て取れるという。馬場教授によると、ゲーマーの平均年齢は米国が37歳、フランスが41歳なのに対し、日本は27歳と、10歳以上の差が開いている。
日本人ゲーマーの平均年齢が27歳まで上がったのも最近だという。馬場教授はこの背景に「ソーシャルゲームブームが影響している」と分析する。
スマートフォンなどでプレイするソーシャルゲームは、家庭内に限らず、通勤中など場所を選ばずに遊べる。課金制のシステムを採用していることも多く、金銭的な余裕がある中高年層がプレイしやすいのも特徴だ。その結果、平均年齢の上昇につながる。「プレイヤーの年齢が上がれば、意識も生活スタイルも変わるし、社会の中でのゲームの位置付けを変える可能性がある」(馬場教授)。
一方、馬場教授は、ソーシャルゲームが国内ゲーム事情のガラパゴス化を加速させる可能性も危惧している。
空き時間に遊べるソーシャルゲームに対し、eスポーツが取り扱うタイトルは、対戦型の戦略ゲームやスポーツをテーマに長時間で競い合うゲームが大半を占める。「ソーシャルゲームは欧米ではあまり普及せず、いわば“少数派の文化”。eスポーツの活性化という観点からすると、『日本だけのもの』は通用しない」(馬場教授)。
●最も必要なのは「資金を出し合うこと」
日本のeスポーツ活性化にいま最も必要なことは何か。馬場教授は「一言でいえば、資金を出し合うこと」と強調する。大会の運営やトッププレイヤーの育成には資金が欠かせないが、「スポンサーになり得るゲーム企業さえ、eスポーツをあまり理解していない」のが現状という。
海外の競技大会は、数千万人のファンやプレイヤーがネットで視聴し、スポンサーにとっての広告効果も大きい。馬場教授は「日本の現状からすると、スポンサー企業にとってビジネスメリットが見えにくい」としつつ、「メーカー各社の協力で国内の大会数を増やし、プレイヤー人口を増やすことがeスポーツの地位向上につながる」と話す。
こうした動きを加速させるべく、昨年には馬場教授を理事として日本eスポーツ協会(JeSPA)を設立。これまで各地域で細々と行われていた大会を統合し、「日本選手権」と銘打った大規模な大会を開催するほか、海外大会への選手の派遣にも注力していく。
「ゲームは人生を豊かにするもの」
「ゲームは人生を豊かにするもの」――馬場教授がeスポーツの普及に力を入れる背景には、青春時代から抱いているゲームへの思いがある。
馬場教授が大学生だった80年代、日本では「スペースインベーダー」が流行。テーブル型のゲーム筐体を設置した喫茶店「インベーダー喫茶」も多数登場した。「青春時代は何かと深刻な悩みを抱えがち。喫茶店で友達に相談する時、そのテーブルの中には『スペースインベーダー』があった。100円玉を入れてプレイしながら友達と話をし、徐々に心を打ち開けていった。ゲームに救われた体験だった」。
馬場教授は「ゲームは人間の心に最後に入り込んで、豊かにするもの」と表現する。「子どもを育てる意味でも、eスポーツが持つ可能性は大きい。その裾野を広げていくことが自分たちの使命だと感じている」(馬場教授)。