現代のコンピュータより何万倍も高速に情報処理が可能な、次世代のコンピュータといえば量子コンピュータである。非常に魅力的な技術ではあるが、量子は情報を失いやすい性質を持っているため、まだ実現化の道は険しい。しかし、いよいよその障壁も取り除かれるのではないかとの期待が膨らむ一報が舞い込んだ。
4日、科学誌「Nature Materials」で発表された論文によると、すべての物質の運動が停止する極低温においても、液体のようにバラバラに振る舞う「量子スピン液体」という状態が現実に観測された。そしてこのことが、「マヨラナ粒子」という量子コンピュータ実現の鍵となる粒子の存在を示唆しているという。
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■シミュレーション上の状態を平面構造の物質で起こすことに成功
今回の研究は、米オークリッジ国立研究所のアーナブ・バナージ博士らの研究チームが、英ケンブリッジ大学や独マックス・プランク研究所という一線級の研究機関と共同で行ったものだ。
「キタエフ模型」と呼ばれる、蜂の巣のような形の平面構造を持つ三塩化ルテニウムという物質に中性子をあててその性質を調べたところ、極低温で「量子スピン液体」と呼ばれる状態となっていることを確認した。この量子スピン液体とは、すべての運動が完全に停止する絶対零度(マイナス273.15℃)に近い温度でも、液体的な性質を持っているという状態だ。
ここでのスピンとは、物質の原子を構成する電子の回転のことを指す。通常、物質は極低温になると運動をしなくなり、構成電子のすべてのスピンの向きが揃った「強磁性秩序」か、隣同士スピンの向きが互い違いとなる「反強磁性秩序」かの、いずれかの状態に収まる。しかし、蜂の巣のような構造を持つ物質の場合、隣のスピンとの調和を取らずに動き続けるという、液体のような現象になるのだ。そのため、量子スピン液体という名がついている。
この現象は、今までにもスパコンによるシミュレーションや実験によって確認されていたが、今回のように平面構造をもつ物質で、中性子を使った磁性の観測という直接的な証拠が得られたのは初めてのことだという。
ではなぜ量子スピン液体の存在を直接的に確認したことが、重大なこととなるのだろうか。それは、この現象が「マヨナラ粒子」という不思議な粒子の存在を示唆するものだからだ。
■謎の天才が量子コンピュータの実現を可能に?
「マヨラナフェルミオン」とも呼ばれるマヨラナ粒子は、20世紀前半に活躍したイタリアの科学者エットーレ・マヨラナがその存在を予言した粒子である。「粒子と反粒子が同一のフェルミ粒子」という難解な定義がなされていたが、その存在はまだ確認されていなかった。しかし、その安定性の高さから、量子コンピュータに利用できるのではないかと期待されていたのだ。
提唱者のマヨラナはローマ大学で、フェルミ推定などで有名な大科学者エンリコ・フェルミのもとで研究を重ねていた人物だ。比類なき数学的な才能を持っていたマヨラナは若くしてさまざまな発見をしており、マヨラナ粒子の存在に言及したのは1937年、実に31歳の時のことである。しかし翌年、彼はナポリからパレルモへの船での移動中に行方不明となっている。
謎の失踪というなんとも不可解な最期を遂げてしまった彼だが、遺した理論は約80年の時を経てついに日の目を見ようとしている。先ごろ、アインシュタインが100年前に存在を予言した重力波が見つかったことも話題になったが、量子力学の黎明期に予想された数々の理論がようやく実証される時代となったのかもしれない。これからの時代、とんでもないイノベーションが次々と起こるようになっても何の不思議もなさそうだ。
※画像は、「Wikipedia」より引用