大学、数百万円払って4年間も行く意味はある?ノートのコピーを友人に頼めない学生も | ニコニコニュース

「Thinkstock」より
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 文部科学省によると、2015年度に現役で大学・短期大学に進学した人数は、58万4000人(前年比約1万7000人増)、また進学率は54.6%で過去最高となった。

 高校を卒業した人の約半数が大学に進学する時代になったわけだが、入学から卒業までの学費は、私立文系で少なくとも500万円近く必要とされる。一方で、しっかりと勉学に励む学生ばかりではなく、また良い大学を出たからといって、その後の人生が保証されるわけでもない。こうした状況をみて、そんな大金を払ってまで大学に通う価値があるのかを疑問視する声もある。そこで、今回はマーケティングの話題からずれるが、番外編として立教大学教授の有馬賢治氏に大学に通う意義についての私見を聞いてみた。

●事件や事故の解釈に、学部によって異なる思考が生まれる

「キャリアの積み方は多様ですから、大学進学だけが正解ではありません。ここでは一事例として大学で学ぶ意義をお話しようと思います。さて、大学を卒業すると一般的には次のステージは社会人です。ですから、単にある専門分野を学ぶだけではなく、大学の4年間は社会人になる前に身につけるべき『社会人基礎力』を養う期間だと最近は考えられるようになっています。現代の大学では、どんな学部に進んでも授業内外で社会人に必要とされるものを学ぶ機会が設けられるようになりました」

 確かに職業に就くために必要な能力を身に着けることは重要であろう。しかし、医学部などは別として、大学で学んだ専門分野が職業に直結する人は多くはなく、特に文系では少ない印象がある。それでも、なぜ各自が専門分野を学ぶのだろうか。

「専門分野を学ぶと、その分野が持つ独特のものの見方が次第にわかってきます。すると、社会現象をそれに沿って考えて、自分なりに解釈する習慣が無自覚でもできてくるのです。たとえば、今年1月に起こった軽井沢でのスキーバス転落事故のニュースを知ったときに、医学部の学生なら、どのような救命措置をすればより多くの命を救えたのかといったことをまず思い浮かべるでしょう。これに対して、法学部なら遺族に対する補償や企業の法的責任はどうなるのか、経営学部なら事故を起こした企業とその関連会社が今後どうなっていくのか、といった観点からこのニュースを受け止めるのではないでしょうか」

 このようにひとつの現象に対して、どのような思考を巡らすのかというのは、大学で学んだ専門分野が大きくかかわってくるのだという。

「私が専攻するマーケティングの分野でも、それは同じですね。顧客志向や戦略的発想などの思考方法を身につけていくことで、市場や社会で未来に起こる出来事への考え方や対応の仕方を学ぶことができるわけです」

 だが、専門的知識や技術を学びたいのであれば、専門学校などでも十分のはずだが。

「確かにその通りですが、大学では専門分野と同時に、教養も学びます。教養的知識で視野が広がれば、ものを考える際のヒント、アイディアの源泉も広がってくるでしょう。専門と教養の両方を学ぶことで思考方法と発想の選択肢を増やすことができ、社会人として不確実な事象に対応するときの応用力を拡げることができるのではないかと私は思います」

●自分探し型と将来逆算型、両極が混在する現代の学生像

 とはいっても、やはりそれは真面目に勉学に励むというのが前提の話であって、多くの大学生は残念ながらその姿勢は持ち合わせていないのではなかろうか。

「そういう学生は確かに今でも多くいると思います。しかし、大学時代に必ずしも勉学にのみ全精力を注ぎ込む必要はないと個人的には考えています。大学では高校時代よりも概して拘束時間が少なくなりますから、旅行や趣味、サークルや体育会など、教室での学び以外にも自己の興味で多くの時間を費やすことができます。そうした時間を通じて、あれこれと思考を巡らすことが自己の人生や将来を深く考えるきっかけとなるのではないでしょうか。自分探しのために、モラトリアム(社会に出るまでの猶予期間)として大学に通うことも、長い人生の準備期間と考えれば十分に意味があるのではないかと思います」

 一方、明確に将来をイメージしすぎる若者が多いのも現代の特徴だと有馬氏。

「若者の気質として『この会社に入りたいから○○大学の○○学部に進みたい』といった、非常に具体的な将来の理想像を持ち、そこから逆算して物事を考え、興味よりも成果を優先するタイプの人が以前よりも増えたように感じています。しかし、現実は自然災害なども含めて未来は非常に不確実です。だからこそ、あまり自分の将来の姿を早々に決めつけすぎないで、大学本来の意義である『自分が何を学びたいのか』を中心に考えて、先の分からない未来に対する対応力を磨いてほしいですね」

●今の大学生にはノートの貸し借りさえも難しい?

 また、大学生活の全体から考えれば、授業の代返やノート写しなどを友人に頼むのも必ずしもマイナスばかりではないとのこと。

「(建前的にはもちろん授業は真面目に聞いてほしいですが)そういったことを頼める間柄というのは、ある程度時間を共に過ごして親密にならなくてはできませんよね。人間関係の形成も大学時代に身に着けたいスキルのひとつでしょうから、交渉力や他者から信頼される自分作りのためには、これらの行為も必要悪かもしれませんね。もっとも、最近はノートを借りられる友人がいないために、しぶしぶ授業に出てくる学生もいるようですが……。自分が傷つきたくないために、他者と踏み込んで話をしたがらない若者が最近多くなってきていると感じています。表面的な人間関係しか作れない若者が増えているのではないでしょうか。私の個人的経験ですが、大学時代の友人は卒業後も腹を割って話ができる数少ない仲間だと思います。価値観を共有でき、利害関係を気にせずに相談できる相手がいるということは、社会人になると特に貴重だと実感するものです。大学は生涯続く友人を作ることができる数少ない場所でもあります。学生のみなさんには、自由に使える時間の価値を自覚して、友人と共に有意義に過ごしてもらいたいですね」

 時節柄、大学生になったばかりでこれからを不安に思う読者も多くいるだろう。しかし、在学時に費やした時間や築いた人間関係が、結果的に将来の財産になると考えられれば少しは気も楽になるというもの。「自分に投資できる時間」として大学を捉えることも、昨今の大学生の心得のひとつだといえそうだ。
(解説=有馬賢治/立教大学経営学部教授、構成=A4studio)