春は環境の変化が激しい時期だ。新しい先生、新しいクラスメート。塾や習い事でも周囲の顔ぶれはガラッと変わる。学年も変わり、親としてはわが子の成長を感じる時期でもあろう。しかし、喜んでばかりはいられない。実は環境の変化は、大きなストレスでもあるのだ。心理学者で中学校のスクールカウンセラーも務める明治大学教授の諸富祥彦氏は次のように語る。
「ここ数年、子供のうつ病やメンタルの不調が問題になっています。その要因のほとんどが、人間関係によって引き起こされるのです」
また、子供と女性専門の「メンタルクリニック赤とんぼ」院長の高橋えみ子氏は次のように語る。
「メンタルクリニックの初診患者は秋が多いのですが、カウンセリングで話をじっくり聞いてみると、“実は春から人間関係で悩んでいて”と春に原因があることが多い。それを耐えて耐えて、秋ごろに耐えきれなくなって、相談に来る方が多いのです」
人間関係が変わり、緊張しているときに“いじめ”や“学校での失敗”など追加のストレス要因が加わると、コップの水があふれるようにストレスを抱えきれなくなって、心や体に不調を来してしまう。
「特に今の子は失敗した経験が少ないので、大人が考えるより簡単に心を病んでしまうことも多いのです。たとえば“学校で恥をかいた”“友達に傷付くことを言われた”といったことで、学校に行けなくなってしまうケースも珍しくありません。ストレス耐性が低く、春は普通に生活するだけで、いっぱいいっぱいの子も多い」(諸富氏)
従来は子供はうつ病になることはないと考えられてきた。しかし、その学説はすでに過去のものとなり、学校やカウンセリングの現場では、目に見えてその数が増えてきているそうだ。
「中学生対象の調査だと、生徒の約4割が“気分が長期間落ち込むことがある”と答えています。これが一時的なものであれば、まだ良いのですが、何をしても楽しくない、気持ちが明るくならない、熟睡できないといった期間が2週間以上続く場合、うつ病の疑いがあるため、心療内科の受診をおすすめします」(諸富氏)
うちの子は毎日無邪気に遊んでいるから大丈夫と判断するのは早計だ。
「親の前では無理をしていて、症状が見えにくい子も多いのです。カウンセリングに来るお子さんのタイプはさまざまで、大丈夫と断言できる子なんかいません。放っておけばひきこもりや自殺のリスクすらあります」(諸富氏)
うつをはじめとしたメンタル不調になる原因はさまざまだ。なかでも一番の原因は人間関係だという。
「いじめは、低年齢化が進み、かつては小6がピークだったものが、今や小4がピークです。内容も暴力よりメンタル攻撃のほうが多くなってきました。いじめほどでなくても、教師や友達とうまくいかないことが原因となることも多い」(諸富氏)
こうした学校関連のストレスは、やはり春先が多いという。
また、受験に対して、親がストレスをかけてしまい、子供のメンタルが不調に陥ってしまうケースも多い。神奈川県立こども医療センターの新井卓(たかし)氏は次のように警鐘を鳴らす。
「ストレスの感じ方は、人それぞれですが、受験は子供にとって大きなストレスになります。教育熱心な親ほどさじ加減を間違えやすく、子供を追い込んでしまいがち」
これについては、高橋氏も同意見だ。
「受験に熱心な医師の子供が、相談に来るケースは多いです。塾でも家でも勉強をし、“お医者さんになってね”と言われ続ければ、子供が精神的に疲れるのも無理はありません」
メンタル不調の原因は外的要因だけではない。
「最近の家庭は“友達親子”が非常に多い。仲が良いだけならいいのですが、親が子供に付きっきりで、身の回りの困りごとを先回りして解決してしまうケースも多い。そうなると、日常生活で失敗に慣れていないため、ささいな失敗で学校に行けなくなる子も少なくありません」(諸富氏)
誰しもがなりうるメンタル不調。しかし、難しいのは症状が見えにくい点にある。子供は“ストレス”や“不安”といった言葉自体を知らないため、病気の自覚もなければ、症状の説明もできない。だからこそ親がどういった部分に症状が出るのかをあらかじめ知っておく必要がある。
一番最初に出るのが睡眠障害。寝つきが悪い、夜中に目が覚める、いつもより1時間以上早く起きてしまう(寝不足だが二度寝ができない)という症状が続く場合は危険信号。
「朝、起こしに行ったが、なかなか起きられない、日中眠そうにしているといったことがあったら、少し気を付けてください」(諸富氏)
寝不足が続くと、食欲不振や物に当たる、言葉遣いが悪くなるなど、イライラが原因の言動が増える。また、勉強面での影響も出始める。
「集中力が低下するので、ケアレスミスも増えますし、学校や塾での忘れ物が多くなります」
次に出るのが、身体症状だ。実は前出の高橋氏は元小児科医。メンタル不調が原因と思われる体調不良を多く診てきたという。
「メンタル不調の子供には、頭痛、腹痛、下痢などの症状が出ます。一見風邪と変わりません。しかし、内科や小児科でも原因がわからないと診断された場合は、心の不調が引き金となっていることが多いのです。学校に行く時間になると体調が悪くなり、休むとケロッとしているなんてことはありませんか? これは仮病ではないのです。こういった症状が何度か起きたら、児童精神科や心療内科の受診をお勧めします」(高橋氏)
心療内科や精神科と聞くと、心理的に抵抗のある方も多いことだろう。
「今は薬をまったく使わないクリニックもありますし、悩みを話すだけで気持ちが楽になる場合も非常に多いです」(高橋氏)
相談内容によっては、カウンセラーが状況を整理し、学校を休ませる、転校させるなど、環境を変える提案をすることもできる。
「学校に行きたくない、と心のどこかで思っていても、親子で“学校に行かなきゃ”と思い詰めていることが多いものです。そうした心理状態や環境から少し距離を置く提案をするのもカウンセラーの仕事です」(高橋氏)
“学校を休む”“薬も必要に応じて”と聞くと不安になる方も多いかもしれないが、安心してほしい。うつは治らない病気ではないのだ。高橋さんは、「カウンセリングだけで症状がよくなることが多い」と、自身の経験から自信を持って語る。
また、初期段階であれば簡単な予防法もある。
「うつはさまざまな原因から脳の血流が悪くなっている状態です。そのため、頭を上下に振るおじぎ運動をしたり、体を動かして本気で遊んだりすると、血流がよくなって自然と心が安定します。また、血流を良くするために、梅肉エキスを寝起きに1さじ食べるのもいいでしょう。また、人の体は眠ることで血流が良くなる仕組みになっています。よく寝るだけで心が安定する子供も多いのです」(諸富氏)
有効な治療法はあるものの、やはりできることなら予防してやりたいのが親心。子供がうつにならないよう、親ができる対策について聞くと、諸富さんは「自己肯定感を育てることが重要」と教えてくれた。
「普段から子供に“自分のことは自分で”やらせるようにしましょう。また、普段から話を聞いてやると“愛されている”という実感が湧いてきます。自己肯定感を高めるには、“親から必要とされているんだな”と感じさせてやることも大事です」
春は学校や塾も環境が変わり、子供も親もストレスがかかる季節だ。もし、わが子が辛そうだなと思ったら、ためらわずに心療内科・精神科へ行ってほしい。
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【子供の心の異変に気付くためのチェックリスト】----------