「人間の盾」とは戦争や紛争において、敵が攻撃目標とする施設の内部や周囲に民間人を配置するなどして、攻撃を牽制することをいう。もちろん国際法上は「戦争犯罪」とされており、近年では湾岸戦争の際、フセイン大統領(当時)が日本人を含む外国人を軍事施設に移送して盾としたこともある。
しかし今回、中国でまさに“犯罪”に匹敵するような「人間の盾」騒動が起こった。「新京報」(4月12日付)によると、河北省にある河北美術学院(学生数1万人)で、土地の所有権をめぐり学校側と地元農民が衝突。4月10日夜、学校側が学生たちに対して「11日の授業はすべて休講する。全学生は早朝7時にジャージを着用し、指定の場所に集合すること」という内容の緊急通知を発した。
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この時点では、多くの学生たちは植林活動などの課外活動を行うものだと考えていたという。ところが当日の朝、集合場所に集まった彼らが目にしたのは、消火器やこん棒、レンガを手に学校側の警備員と乱闘している農民の姿だった。実際に現場で学校側と農民の衝突を目の当たりにした学生は「学校長が拡声器で指示を出し、警備員がブルドーザーや消火器、唐辛子スプレーで農民と戦っていた」と証言している。
一体この学校に何があったのだろうか? 学校関係者によると、2009年に学校側が近くの土地の買収を行った。ところが、一部の農民がその後も土地の所有権を主張し続けたため、以前から両者間でトラブルになっていたというのだ。その後、学校長の車が農民によって破壊されるという事件が発生し、今回の乱闘事件に発展していったとのこと。
こうした経緯があるにせよ、招集をかけられた学生たちはたまらない。なんの説明も受けず、学校からの緊急通知で乱闘現場に集められた学生たちは地元メディアの記者に対して、「僕たちは学校に勉強しに来ているのに、乱闘に参加させようとするなんて許せません。学校側は説明責任を果たしてほしい」と怒りをあらわにする。また、乱闘事件に参加した農民らも記者に対して、「これまで何度か学校側と一触即発の事態となってきたが、学生が動員されたのは今回が初めてだ。きっと学校側は、学生にも武器を持たせて乱闘に参加させるつもりだったんだろう」と証言し、波紋を呼んでいる。
幸い、乱闘に巻き込まれた学生はいなかったが、中国版Twitter「微博」では、学生が人間の盾に利用されたことに関し、「どう見ても、学校長の命令だろ」「教育が一番必要なのは学校長だな」「こんな乱暴な教師に学問を教わるなんて、学生がかわいそう」などなど、学校長への非難の声や、学生に対する同情コメントが多く寄せられた。
中国では地上げや土地の所有権をめぐり、利害関係者が衝突して死人が出ることも珍しくない。だが、学生を守るべき立場の学校が学生を盾として利用した例は前代未聞だろう。あってはならない暴挙だ。
(文=広瀬賢)