かつて彼女は、バラエティの女王と呼ばれていた。大物司会者にいじられれば的確なコメントを返し、おバカタレントとしては数々の偉業を成し遂げ、またMCになった際は進行を務めながらもしっかりと場を荒らし、ときに体まで張ることもあった。彼女の名は若槻千夏。どんな場所でもその状況に対応する天性の勘の良さと、努力に裏打ちされた確かな技術は、まさにバラエティの女王と呼ばれるにふさわしかった。だが彼女は2009年、自身のアパレルブランドを設立し、表舞台から去る。時を経て、今。長すぎる沈黙を破って、若槻がバラエティに帰ってきた。
いわゆるバラドルという呼称も死語となり、いまやバラエティの女性タレント枠は群雄割拠だ。グラビア界からはもちろん、アイドルグループを卒業したタレントもその椅子を狙っていて、さらには女優やモデル界からもスターが生まれつつある。結果、彼女たちが求められる技術は向上しており、昨今ではワイプに映るための練習までしているという。そのタイミングでの、若槻の帰還である。かつての女王は、ロートルとして醜態を晒すことになるのではないか? 彼女の技術力は、今ではそう大したものではないのではないか? それはただの杞憂に過ぎなかった。若槻は、本格的なバラエティ復帰以降、すべての番組で確実に爪痕を残している。
なぜ、若槻は特別なのか? 彼女の特性を一言で表すならば、テロップいらずの女、だといえるだろう。彼女はバラエティ番組におけるテロップの役割を、しゃべりで担っている。
テロップとは、大きく分けて2つの種類がある。まずは、コメントをフォローするためのテロップ。出演者がしゃべったセリフを、そのまま文字にする種類のものだ。そしてもうひとつは、番組サイドが出演者にツッコミを入れるテロップ。収録の現場では誰もツッコまなかったことに対して、後から番組が編集でツッコミを文字で出す。若槻はこの2種類のテロップを、現場のしゃべりで補っている。
4月9日&16日に放送された『まとめないで!!』(テレビ朝日系)では、MCとして劇団ひとりと共に出演した若槻。立ち位置の明確な役割はないが、どちらかといえば劇団ひとりがメイン、若槻がアシスタント的なポジションで番組は進行していく。番組の主旨として、食通で知られる渡部建がほかの出演者からツッコミをいれられるわけだが、渡部の“知人の薦めた店にしか行かない”という姿勢に対して、それはただの受け売りではないかと指摘されてしまう。普通はそうだろう、と反論しようとする渡部に対して、若槻はこんな言葉を投げかける。
「でも、それを大きな声でテレビで言ってるだけでしょ!?」
重要なのは、このコメントに対してはテロップが入らないという点だ。これを受けて、劇団ひとりが「大きな声で言って、お金をもらうっていう……」とかぶせたコメントで初めて、テロップが乗る。
これと同じ流れが、番組では何度も見受けられる。渡部の言うことは聞いている時点で力量がないということがわかる、というコメントに対して「力量がないんですね!?」とかぶせ、寺門ジモンは本当の食通だが、本当の食通はテレビ向けではないというコメントを聞くと「ジモンさん、テレビ向きじゃないんですか!?」と即座に返す。これらの若槻の発言のすべてにテロップは入らない。というか、不要なのだ。この発言自体が、テロップの役割を果たしているから。たとえば「力量がない」のくだりでは、あとから編集で渡部の顔のアップに「力量がない」というツッコミテロップを入れることもできるが、若槻のコメントがあるからその作業は不要になる。視聴者の熱をテロップで冷ますことなく、自然な流れで番組が進行していく。
現在のバラエティの主流はむしろ、いかに自分のコメントでテロップが出るかという技術勝負になりがちだ。それは、たとえば『ナカイの窓』(日本テレビ系)のゲストMCスペシャルのときに、テロップの回数でランキングがつけられる、というのを見てもわかる。実際、自分が出演者としておいしいのは、そちらのはずだ。笑いも取れるし、印象にも残る。だが、若槻は逆に、自分のコメントでテロップが入ることをおそらく是としていない。前述した「でも、それを大きな声でテレビで言ってるだけでしょ!?」という発言も、間を取ることなくかぶせにいっている。ゲストMCという立場でありながら、その手法はガヤのそれに近い。
それではなぜ、若槻は自分のコメントでテロップが入ることを是としないのか? それはおそらく、自分が個人として結果を残すことよりも、番組全体の流れや面白さを重視しているからだ。かつて『痛快!明石家電視台』(毎日放送)でお笑いモンスターからスパルタ教育を受け、03年から『オールザッツ漫才』(同)でMCを務めた彼女は、バラエティ番組とはチームプレイであるという精神を叩き込まれたはずだ。そしてそれは、今もって若槻の中に息づいていて、新たなバラエティ女性タレント像を作りつつある。
どんな女性タレントも、若槻の真似はできない。なぜならば若槻自身が、誰の真似もしていないからだ。彼女はこれまでの人生で学んだ教訓を、ただただ愚直にバラエティ番組にぶつけている。女王はひとりでいい。誰も歩いたことのない道を、若槻千夏は歩いている。
【検証結果】
若槻は4月13日に放送された『ずっと引っかかってました。~ヒロミ&ジュニア 心のとげぬき屋~』(日本テレビ系)で、かつて自分のことを応援してくれていたファンを心配した。自分のことを応援したのを後悔していないかと。かつてのファンは彼女へのコメントで、DVDのことをデーブイデーと発音する。ほかの出演者や視聴者がそれを笑う中、若槻だけが「悪意がある、今の!」「DVDって言ってんじゃん! テロップ直してくださいよ!」と、たったひとりでファンの側に立った。そこには、計算など微塵もない。ただ愛と感謝だけがあった。若槻は、そのようにして、バラエティの世界で生きている。
(文=相沢直)
●あいざわ・すなお
1980年生まれ。構成作家、ライター。活動歴は構成作家として『テレバイダー』(TOKYO MX)、『モンキーパーマ』(tvkほか)、「水道橋博士のメルマ旬報『みっつ数えろ』連載」など。プロデューサーとして『ホワイトボードTV』『バカリズム THE MOVIE』(TOKYO MX)など。
Twitterアカウントは @aizawaaa