今回も国土交通省の関係者は激怒したに違いない――。
三菱自動車工業は4月20日、軽自動車の型式認証を取得時に国土交通省へ提出した燃費試験使用データについて、実際より5~10%良く見せるため虚偽のデータを提出していたと発表した。不正を行っていたのは軽自動車「eKワゴン」「eKスペース」、日産自動車にOEM(相手先ブランドによる生産)供給している「デイズ」「デイズルークス」で計62万台。
三菱自の20年以上に及ぶリコール隠蔽が発覚したのが2000年。その4年後には、同社子会社、三菱ふそうのタイヤハブ不具合の隠蔽も露呈。そもそも日本のリコールや燃費認定の制度は、製造メーカーからの自己申告やデータ提供に依拠していることもあり、国交省自動車交通局とメーカーの信頼関係から成り立っている。いわゆる性善説にもとづいた信頼関係で、日本の製造業の強さの一つでもある。
当時、筆者は国交省自動車交通局リコール管理室室長にインタビューをしたが、その怒りは相当なものだった。その詳細は拙著『自動車が危ない』(新潮新書)でも触れているが、日頃は穏やかな室長も三菱自の隠蔽行為には深いため息を漏らしていた。
自動車メーカーは国交省を敵に回すととんでもないことになるので、日頃から同省への対応には細心の注意を払っている。これはトヨタ自動車にしても同様である。しかし、三菱自はまたもや同省を相手に燃費関連のデータ偽装とテスト方法の法令違反を意図的に犯した。ここまでくると、コンプライアンス(法令遵守)違反というレベルではなく、企業として存続を問われる次元の問題になりかねない。
●危機感が欠如した名門企業
なぜ三菱自ほどの名門企業が、このような違法行為を繰り返すのか。
その理由は2つある。ひとつは、売上高58兆円、世界最大規模といわれる三菱グループの隠然たる影響力。もう一つは、グローバルな市場で戦うだけの開発力と資金力が不足しているという冷徹な事実だ。
前回のリコール隠蔽発覚後、04年に三菱自は経営危機に陥り、その救済に三菱グループの三菱重工業、三菱商事、三菱東京UFJ銀行の“三菱御三家”が動いた。三菱グループにはグループ内の主要29社が集まる金曜会という月1回の会合があり、グループ内の結束を図っている。その金曜会でも、1970年に三菱重工から独立し不祥事を繰り返す三菱自はグループ内下位にあり、出来の悪い問題児と見なされている。
それでも三菱自を救済したのは、グループ内の結束を守るためだといわれている。そこにあるのは資本の論理ではなく、三菱という名門のメンツと結束の維持だ。そのため、三菱商事で執行役員自動車事業本部長だった益子修氏を三菱自の社長として送り込んだ。
三菱自は開発現場だけを見れば普通の会社だが、幹部クラスと話をすると様相が一変し、三菱グループの存在が見え隠れすることがある。おそらく、三菱グループの一員として「恥はかけない」といった心理がどこかで働くのだろう。
それと同時に「寄らば大樹の陰」で「何かあったらグループが助けてくれる」という甘えがあり、大企業病を社内で見かけることも珍しくない。それが危機感の欠如を生み、「なんとかなる」といった考えが法令遵守意識を希薄にさせているだろう。
最近の三菱グループ内では、このような大企業病が蔓延している。一例をあげると、造船事業における大型客船の大幅納期遅れと見込み違いの大幅赤字。さらに国産旅客機MRJの大幅納期遅れ。いずれも、社内説明では経験と知見の不足が理由にあげられているが、「なんとかなる」といった甘えでもある。
●開発力の低下
さらに、三菱自を追いつめているのは、開発力の低下と資金力不足だ。ホンダも事業拡大による開発力の低下で苦戦をしているが、それでも開発費(14年度)に6626億円を投下している。一方、三菱自のそれは746億円(同)と圧倒的に少ない。前回のリコール発覚後の経費削減、人員削減などで三菱自は財務的には立ち直ったが、その代償として開発力の低下による影響は大きい。新型車開発で目標値に達せず、不正行為に手をつけた今回の経緯は容易に想像できる。
しかし、三菱自に希望がないわけではない。現社長の相川哲朗氏は三菱重工元会長、相川賢太郎氏を父にする血筋だが、相川氏は紛れもなく日本の自動車業界が誇れる本物の「カーガイ(クルマ好き)」の一人だ。相川氏がいなければ、三菱自から独創的な電気自動車「アイ・ミーブ」は生まれなかった。リコール騒動後、社内で孤軍奮闘していた同プロジェクトを強引に進めてきたのも相川氏(05年当時、常務)だ。
それだけに、なぜ企業再生の修羅場を一緒にくぐってきた同社開発関係者が今回のような不祥事を起こしたのか、理解に苦しむ人も多いだろう。
(文=塚本潔/ジャーナリスト)