3月に行われた防衛大学校の卒業式では、任官拒否者が全体の1割以上となり、過去4番目の多さとなった。では、彼らは卒業後、どういう人生を歩んでいるのだろうか? 任官拒否した防大OBに語ってもらった。
◆理系は体育会系に馴染めず!? 研究に専念できず大学院へ
Bさん(30代)/年収:1000万円
防大の理工系には、東京工業大学に倣ったカリキュラムがある。Bさんにはそれが魅力的だった。
「高校生のときから宇宙開発の研究をしたかったんです。宇宙技術はすなわち軍事技術だし、一般大よりも教育環境、設備が整っていましたね」
だが、憧れと希望を持って入学した防大だが不満も大きかった。
「防衛学や戦闘訓練、それにカッター(手漕ぎの大型ボート)競技や棒倒しといった行事も多い。学ぶ環境は素晴らしいが、学業に専念できる環境とは思えなかった」
防大卒業前、任官拒否を決意。退職後、地元に戻って大学院で航空宇宙工学を学び、修士号を取得。だが、紆余曲折を経て研究者の道をあきらめて、外資系コンサルに就職した。
「就職して初めて防大教育の底力を見ましたね。4年間で知らず知らずのうちに体力が鍛え上げられ、組織論も身につけていた。いわゆる理系にありがちな、観念的な机上の空論を振りかざすこともなく社会に溶け込めた」
現在は独立し、IT系コンサル企業を経営する。防大時代に身に付けた組織マネジメント力を活かし、今、経営者として活躍中だ。
◆海自への配属に不満! 転職を繰り返し起業
Cさん(30代)/年収:800万円
「試験慣れ」のために受験した防大だけ合格したCさんは、つくづく幹部自衛官に向いていないことを思い知らされたという。
「防大で求められるのはトータルでバランスの取れた人材。勉強だけ、体力だけ、人望が厚いだけでは評価されない。ひとつの分野を極めるのが困難な環境でした」
それでもCさんは陸要員(陸自)を希望したが、結果は意に反して海要員。これが自衛隊を去る決意をしたきっかけだった。
「『人』を主体に戦う陸、機械を扱う海と空ではまったく組織風土が違います。幹部はマネジメントが仕事ですが、海空自では幹部といえどもオペレーターとしての役割が大きい。私はマネジメントの仕事をしたかった」
卒業後、海自幹部候補生学校へ進む予定だったが、任官拒否。その後、ハローワークで見つけた健康器具を扱うベンチャー企業に就職。それから地元流通、大手保険会社など5社を渡り歩いた。
「辿り着いたのが保険業界です。今は損保保険の代理店主として、中古車店と組んで営業しています。ここはベッドタウンですが、そこそこの売り上げになってます」
今は一国一城の主となった。
◆民間企業が欲しがる理由
では一体、どういう企業に防大OBはいるのか。また、民間企業はどうして防大生を欲しがるのか。
民間企業が防大出身者を求めるのは、ひとえにその「人間力」だ。
「何事にも魂から取り組む人が多い。『自分のせいで防大の名を辱めてはならない』と考えるからです。だから、卒業後も勉強し、一生懸命に仕事をします。それが民間企業で評価されているのではないでしょうか。私も防大出身者といえば採用したいですね」
自身も防大OBで現在、不動産・ITサービスの「レックアイ」社長として活躍する鈴木徳之氏は、民間企業が防大出身者を求める理由をこう語る。
一方、防大卒業生の採用実績があるIT上場企業の採用担当者はこう話す。
「並々ならぬ決意を持って民間へと転じただけあって、仕事に取り組む熱意は群を抜いています。彼らはどんな高いミッションを与えてもそれを平然とこなす。ここが一般の大学を出た者との大きな違いではないでしょうか」
◆防大OB自衛官は意外にも理解を示す
こうした現状を現役の自衛官はどう思っているのか。世間は任官拒否者に対しては「裏切り者」「税金泥棒」というレッテルを貼りがちだが、意外な答えが返ってきた。
「外に出た者のほうが、自衛隊に残っている者よりも防大や国家防衛というものを意識していると思います。それに外に出るにはやはりそれなりの事情を皆、抱えている。社会の批判の声を承知の上で外に出る以上、私たち周りがとやかくいう話ではない。我々はただ仲間として見守るだけです」(防衛大OBの1等海佐)
もっとポジティブな意見もある。
「自衛隊は巨大な官僚組織です。多くの俊才が揃っている。だがエリートとして遇される防大出身者といえども年齢が上がると“椅子”は少なくなる。任官拒否者とは、いわば自力で防大生の可能性を開拓した者たち。彼らの活躍が現役自衛官たちにとっても励みになっています」(防大OBで現役の陸将補)
取材・文/秋山謙一郎 鮎川麻里子 写真/AFP=時事