編集者の仕事は音楽プロデューサーの仕事に似ている:クリエイティブ塾Vol.1『WIRED日本版』 編集長・若林恵 | ニコニコニュース

Lifehacker

ウェブ上の情報があふれる現代、良質なコンテンツを作る能力はますます必要とされています。

ライフハッカー[日本版]編集長の米田智彦が開催する「クリエイティブ塾」は、編集者としてのクリエイティブマインドを育成するワークショップです。第1回のゲストは、『WIRED日本版』 編集長の若林恵(わかばやし・けい)氏を招き、「編集者が持つべきマインド」について語っていただきました。

若林 恵 / 『WIRED日本版』 編集長

1971年生まれ、ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学 第一文学部 フランス文学科卒業。

大学卒業後、平凡社に入社。2000年にフリー編集者として独立し、以後、『Esquire日本版』、『TITLE』、『LIVING DESIGN』、『BRUTUS』、『GQ JAPAN』などの雑誌に関わる。また、音楽ジャーナリストとして『intoxicate』、『MUSIC MAGAZINE』、『CD Journal』等の雑誌で、フリージャズからK-POPまで、広範なジャンルの音楽記事を手がける。

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良い作り手になるには良い読み手にならなければいけない

米田:ウェブの時代において、情報収集は格段に簡単になりました。でも、読書の重要性は逆に高まっているように思います。

若林:まず、当たり前のことですが「ウェブを探せばあらゆる情報が見つかる」というのは大ウソだと思いますね。基本的に、本の中にはネットにないようなことがたくさん書かれていますし、情報という観点から言っても、本でしか得られない情報も山ほどあります。

米田:むしろ、ネットの情報は氷山の一角にすぎない。

若林:そう思いますね。取材をしたり、何かについて記事を書いたりするときに、ネットに情報がないから重要じゃない、と思うことがあるとしたら、よくないですね。ネット以外のどんな資料にあたるか、というのも編集者としての仕事スキルの1つ、編集者のセンスだと思います。ちゃんと本を探してきて「読める」ということは、編集者の最低限のスキルだと思います。良い作り手になるには良い読み手にならなければいけない、ということです。

私はいまだにCDを買ってるんですがこれにはひとつ明確な理由があって、ネットでダウンロードするだけだと、知りたい情報が手に入らないんですよ。それは、レコーディング・エンジニアは誰なのかとか、どこのスタジオでレコーディングされたのかのか、とか、クレジットに誰が入っているのかとか。こういった情報って、プロジェクト自体の成り立ちとかつながりが見えてきたりするので、とりわけメディアやってる人間からみると、とても重要な情報なんです。

クリエイティブ塾はメディアジーンの若手編集者に向けて、月1、2回行われている。

ある意味、音楽アルバムを作るのも、本質的には編集者がやってるようなコンテンツ作りに近いと思うんです。アーティストと音楽プロデューサーの関係は、ある意味、書き手と編集者の関係と同じだと思うんです。才能がある人を見つけて、それをどう見せるかとか、どうプロダクトとしての自立性を作り上げるのか、というところはやっぱりプロデューサーとか編集者の手腕にかかってくるところはありますよね。

米田:編集者を志す人は、コンテンツに触れたときに受け身的に消費しない、という姿勢が大切ですよね。ただ「おもしろかった」とかじゃなくて、どういう意図があって作られたのかとか、どんな場所で作られたのかとか、表に出ない情報が知りたい、と思うのは編集者として必要な好奇心です。

若林:そうですね。あと、アーティストにしても物書きにしても、自分の名前で何かを創り出している人って、最初から100%の自信を持って、それを世に出せる人ってあんまりいないと思うんです。

表現したいという人が「こういう風に表現したい」って言ってきたときに、プロデューサーやA&Rと呼ばれる人は、その人の意図と、読者や観客、リスナーのインターフェイスになる存在なんですね。そのときに「これだと伝わらない」とか「こういうやり方もできるかもしれない」といった、新しい視点を与える役割が、その仕事なんです。

でも、そのためにはその対象に対して非常に高いリテラシーを持っていないといけないですよね。例えば、ジャズのプロデューサーだったら、「スタンダード」と言われる曲を最低でも600曲は、ソラで言えないとダメだ、なんて話を聞いて、「なるほど、そりゃそうだよなあ」と思ったことがあります。

取材とは「確認する作業」

米田:編集長として、編集者から上がってきた原稿をどのように見てアドバイスしていますか?

若林:誰を取材するにしても、基本的に、「この人からはこんなことが聞きたい」ということが明確に決まっているわけなので、それに沿う形で記事が書かれているかどうかをチェックしますね。基本的に、何の背景知識もなしに「この人を取材しよう」と思うことはありえないわけで、取材しようと思った時点で当然、取材する理由と、そのコンテクストがあるわけです。これは、割と得意技なんですが、書けと言われれば、ぼくは、取材に行かなくても取材に行ったかのような原稿書けますよ(笑)。

米田:「この人だったらこんなことを言うだろうな」ってだいたいわかるってことですよね。

若林:そうです。もちろん、それを上回る話が出てくることはあって、それこそが取材の醍醐味ではあるんですが、基本的には「多分こうだろう」というのを確認しにいく作業なんですよ。「これ言ってもらわないと困るんですけど」というスタンスですね。それは、誘導尋問しろという意味ではないし、取材のために台本を作れということでもないんですが、「こういうことを言うだろうな」と予想して取材に臨んで、「やっぱりそうですよね」という相づちを打つ、という感じです。もちろん、予想と違うことが聞けたら、「え、なぜですか?」となって取材がどんどん面白い方向に進んでいきます。かつ、やっぱり取材相手の語り口、比喩の使い方や、論理の立て方などは、会ってみないとわからないわけで、そういう意味では、そういったディテールですよね、そこに人の固有性、面白さは宿るんだと思いますし、記事の面白さは、そこに宿るんだと思います。語られる内容の「概要」ではなく、その語り口にこそ、より強固に、その人らしさが宿る、というか。いずれにせよ、よく知らない人に突然アポを入れて「聞いたことない話を聞かせてほしいんですけど」っていう取材なんてありえないですよね。

米田:そんな編集者がいたらかなり危ない人ですね(笑)。

若林:試しにやってみたらおもしろいかもしれないですけどね(笑)。

言葉は社会そのもの

米田:自分が読みたい記事と、読者が読みたい記事の距離感はどうバランスを取っていますか?

若林:それは難しいテーマだとは思いますが、ぼくはあまり読者のことは考えないことにしています。それよりも、自分が考えていること、現場で感じたことなどが読者に正確に伝わっているか、ということを重要視しています。

だいぶすっ飛ばした言い方になりますけど、昨年「ことばの未来」という特集をやって思ったんですけど、言葉というのは社会そのものなんですよね。社会に流通しない言葉は、言葉としては意味がないわけなので、言葉そのものの中に社会っていうものは入ってるわけです。だから、言葉と対話することは、社会と対話することに近いんだろうと思うんです。ですから、読者を意識して記事をつくる、というよりは、言葉自体が系としてはらんでいるコンテクストに対して、自分が作っている記事がどういう関わりを持って存在しているか、ということを気にしながらやってるような気がします。タイトル、見出し、構成といった、編集的な要素は、すべて、そうした社会的なコンテクストとの関わりにおいて考えてるつもりです。

魅力的なタイトルを生み出す方法

米田:タイトルや見出しの付け方にこだわりはありますか?

若林:スタイルとしてのこだわりはないですし、自分がタイトルをつけたりするのは、実はそんなにうまくはないんですが、若手のスタッフにいうのは、ロジカルに考えろってことですかね。以前、若手編集者を相手にやったのはこんなことです。含めないといけない単語というか要件が4つあって、それを入れながら例えば、20字のキャッチや、80字のリードを作る、となると、これって、感性とか筆力とは関係ないほとんど組み合わせの問題になるわけじゃないですか。だから、順列組み合わせで、その4つが入ってる文章を考えたら、24パターンが自動的に出てくるので、それを全部並べてみろ、ということをやらせたわけです。例えば、「ライフハッカー」、「WIRED」、「編集」、「タイトル」というお題があったら、助詞の使い方を変えたり、体言止めにするとか、疑問形にしてみるとか、やっていけば、まあ、24パターンのタイトルなりキャッチを作れるわけです。その組み合わせで考えられるタイトルを全部書き出して、記事の趣旨、与えたいコンテクストがに一番寄り添うものを選べばいいじゃんか、と。

米田:非常にロジカルですね。思いつきでタイトルをつけているわけじゃない、ということですよね。

若林:そうですね。思いつきって言っても、だいたい要件は決まってたりするわけですから、決まったパターンのなかにほとんどのものがあるわけですよ。職業としての編集の仕事は、結構タイトな要件ありきのところでやるものですから。

あとは、椎名林檎風のタイトルつけてみーとか、AKB風のタイトル考えてーとか、そういうこと言ったりもしますね。海外の雑誌なんか見てると、タイトルがヒット曲や映画のタイトルのもじりになってたりするのが結構多いんですね。それはタイトルに多層性を持たせる上では、わりとシンプルなテクニックなんですが、そういうテクニックが多ければ多いほど、タイトルにアプローチする角度が増えますし、そういうものを援用することで言外に語れることが増えることでもあったりするわけです。

若手の編集者の場合、タイトルをつけるのにどうしても1つの方向しか見えていないことが多いんですが、そうした「視点の凡庸さ」は、取り立てて感性の問題ではなく、どちらかというと言葉を扱うスキルの問題で、スキルをあげていけば、それにつれて視点も広がる、ということはあると思います。センスの問題が出てくるのは、それが一通り身についた後の話だと思いますね。

ついでにいうと、タイトルをひねり出す作業は、含めないといけない情報を含めつつ、それをきれいに並べて、その言葉自体に魅力を持たせないといけないんですが、そのためには組み合わせを考えたり、視点を変えて別の角度で考えたりしないといけないわけで、意外と、単純に、忍耐と試行錯誤が必要なだけだったりもするんです。スキルがないと、その忍耐ができないんですね。試行錯誤の途中で考えるのを諦めてしまって、言いやすい言葉でまとめてしまいがちになります。

米田:具体的な話をすると、「3つの舞台。ふたりの女。ひとりの男」というタイトルがついたこちらの記事ですが、これはなかなか魅力的なタイトルですよね。

若林:ああ、これ、タイトルはいいんですけど、内容にどこまで即してるかという意味では、実際はちょっと問題あるんです(笑)。映画『スティーブ・ジョブズ』の林信行さんの記事ですが、この映画は、ジョブズに立ち向かった女性スタッフの「ジョアンナ・ホフマン」がキーになる映画というのはわかっていて、アカデミー賞にノミネートされているケイト・ウィンスレットが演じていることからもそれがわかります。だから、担当編集者には、この記事は「ジョブズに盾つく女性がいた」という点にフォーカスしたほうがいい、とは言ってました。だから「ジョブズのイノベーションはひとりでは生まれなかった」といったタイトルを想定していたんですが、その後、原稿などを読んでいろいろ考えた結果、「3つの舞台。ふたりの女。ひとりの男」というタイトルに落ち着きました。2人の女のうち、ホフマンでないもう1人の「女」は、ジョブスの娘のサラのことなので、娘を「女」と呼ぶのは、実際はだいぶミスリードですね。そういう意味では、あんまりいい例じゃないところもあって、言葉のキャッチーさに引っ張られた、よくない事例でもあるわけです(笑)。ぼくがつけたんですけど。

米田:独裁のジョブズに盾ついた女性がいた、と聞くだけでドラマが始まりそうで、読む側はそれだけで引き込まれますからね。「iPhoneよ、さらば Apple Watchとジョブズのいない革命」というこちらの記事はどうですか?

若林:この記事の肝は、Apple WatchはiPhoneやiPodの延長線上にあるプロダクトではない、という点にあって、記事の趣旨も、Apple Watchはこれまで作ってきたAppleのプロダクトを否定しているところにあるので、「さようなら」という言葉を使い、「前体制の否定」という意味で革命という言葉を使いました。

米田:Appleが自己否定した、という意外さですよね。

第1回のクリエイティブ塾は、若林恵氏の独自の哲学が垣間見えました。ライフハッカー[日本版]では、今後も月に1〜2回ほどで更新される、クリエイティブ塾の内容をまとめて発信していくつもりです。

若林氏(左)とライフハッカー[日本版]編集長の米田。渋谷・神泉で開催された、クリエイティブ塾の会場のメディアジーンにて。

WIREDでは、ライヴ+カンファレンス+インスタレーションによる新しい複合音楽イベント「Sound & City」を2016年 4/28(木)- 29(金・祝)に開催する予定です。興味のある方はぜひ参加してみてください。詳細は下記をご参照ください。

SOUND & CITY」、2016年 4/28(木)〜29(金)開催

カルチャー、テクノロジー、そしてビジネスといった、これまで分断されてきたコンテキストを自在に行き来して、音楽を「社会」に取り戻すために...。気鋭のアーティストによるライヴ・ショーケース、最新テクノロジーの見本市、未来のビジネスのインキュベーター、そんな新しいタイプの複合イヴェントが4月末にアークヒルズではじまる。

(文/大嶋拓人、写真/神山拓生)