起業家と投資家による1泊2日の合宿「Incubate Camp 8th」では、具体的にどういうアドバイスがあったのか。前編記事に続いて、メンタリングの具体例をいくつか紹介しよう。
前編でボタニカル石塚のLOVEGREENのことを書いたので、石塚氏とヤフーの小澤隆生氏(ヤフー執行役員、YJキャピタル取締役)のメンタリング・セッションから行こう。
2014年9月末にスタートしたボタニカルライフメディア「LOVEGREEN」は花や植物に関する情報を扱うメディアサイトだ。1年で月間22万UUを達成し、1記事で3万いいねが付くほど、その筋の人たちには「刺さっている」のだという。写真投稿やQ&Aのコミュニティー機能、EC機能を提供している。一方でショップ側には、店舗ページを設け入荷情報や施工事例を配信することにより、販促を支援するサービスを実装する予定という。ニッチなイメージがあるが、花卉市場自体は約1兆円あるそう。「花卉」を「かき」と読めない人も多いだろうから、やっぱりニッチなのかもしれないけど。
さて、LOVEGREENのプランに対して小澤氏の提案は明快だった。提案とは「花のSPAになれ」というものだ。製造(生産)、流通、販売を統合したユニクロと同様に、自分で花を作るところまで踏み込めというのだ。
「そもそも花がECでどのくらい売れるかデータがなくて……」とつぶやくボタニカル石塚氏に対して、Yahoo!ショッピングの事業を担当している小澤氏は、そんな市場はないに等しい! と勢い良く述べて次のように滔々と説明した。
「ECはどこも同じ。ファッション、家電、雑貨、食べ物。これが4大カテゴリですよ。花は原価率が低いから興味はあります。投資家として見るのは、その市場で1位になれるか、市場規模があるか。それから、商品とマーケット、コンバージョン、リピート、この4点。後は経営チームね」
一般論から述べた小澤氏だが「花のEC」そのものには懐疑的だった。
「花で1兆円市場というけどさ、ネットだとそこまでないよね? だって母の日くらいだよ。花のメディアで1番になれても、そんなに市場あるかな?」
なかなか厳しい見立てだ。かつて印刷関連スタートアップのラクスルに投資して経営を見ていた小澤氏は次のようにも述べた。
「花屋さんから宣伝広告費をもらおうという案があるよね。これはラクスルでもやったこと。印刷屋の法人を集めるとアイミツが取れる。だからラクスルには個人がアイミツを取れるというメリットがある。LOVEGREENは花好きな人が訪れる理由が作れるかな? 市場規模は別として」
「ラクスルには垂直統合して印刷屋になれと言って、今にいたってる。当事ラクスルは月額で400万円ほど広告が入っていた。ただ、2%程度の成長率だった。これを一生やるの? この事業をずっとやるの? という話だよね」
周知のようにラクスルは印刷屋向け広告事業ではなく、印刷所の遊休設備をネットの力を使ってレバレッジすることで大きく成長し、今では売上が10倍以上になっている。
「いまのLOVEGREENは50万PV? いま最もホットな市場であるゲーム関連でも広告単価は0.1円ですよ。1年でゲームメディアで6億PV作りましたって言って年商6000万円。メディアのマネタイズはきつい。だから垂直統合して物売りをやるべき、というのがオレの意見。将来、花屋で日本一になれるか。安く仕入れて高く売る。マーケティング費用をめちゃ安くして売る」
「ほかのネット花屋より安くする。メディアで集客してコンバージョンを高める。そしたら50万PVでも全然いい。これは数十億円になる。花屋から広告費を取るってさ、そんなものに市場はないよ。花関連の家具や造園業者も絡むといっても、そうした業者から見れば広告出稿先としてはLOVEGREENはワン・オブ・ゼムにしかなれないしね」
「やっぱりやるなら花のSPAだよ。将来は北海道に花畑を買ってさ。無店舗でファッションを売るのと同じ。衣料より花のほうがメディアは効くだろうしね。1000億円の市場規模で、300億から500億円くらいは取れるかもね。それで利益が30億から50億円ってところ。このプランならオレは投資するね」
隣で聞いていたぼくは話が具体的で面白いと思ったが、ボタニカル石塚は違和感を覚えたようだった。花畑まで垂直統合して花のSPAになるというプランは、自分の思い描くものと違ったからだ。
結局、2日目の最終プレゼンでボタニカル石塚は、メディアよりも「施工」の市場を強調していた。例えば3000万円の家を建てると庭には300万円程度の予算を割くのが一般的で、そこの成果報酬だと1件30万円程度と単価が大きい。ボタニカルというのは、従来でいう花壇や植え込みとは違う、もう少しモダンな植物を使ったインテリアとエクステリアのこと。ここの市場も含めると、LOVEGREENで3年後に10億円の売上、5億円程度の利益を見込めるという話なのだった。
LOVEGREEN運営のストロボライトは合宿後2カ月後の2015年9月にアイモバイル、SMBCベンチャーキャピタル、プライマルキャピタルなどから資金調達したことを発表している。
ぼくはメンタリングセッションのかなりの時間をヤフー小澤氏の横で静かにメモを取って過ごしていたのだけど、それは小澤氏の話に起業家たちが衝撃を受けることが多く、とにかく面白かったからだ。
街に設置した固定カメラと画像解析技術でプラットフォームビジネスを模索しているフューチャースタンダードの鳥海哲史氏も、小澤氏の話に衝撃を受けた起業家の1人だ。
初日のプレゼンで鳥海氏が口にしたコンセプトは「リアルタイム・ストリートビュー」だった。現在のストリートビューでも街や店舗の様子が手に取るように分かって便利だが、それでもある瞬間を切り取った静止画像でしかない。鳥海氏が取り組もうとしていたのは、カメラと映像解析処理モジュールを搭載した固定カメラで街にIPカメラネットワークを作り、リアルタイムで映像データを解析すること。それによって店舗の混み具合や、ヒトやクルマの通行量などが分かるプラットフォームを作るという話だった。「IoTの目」という言い方もあるかもしれない。
例えば交通量調査市場は300億円ほど。現在は1つの交差点あたり20万円の費用がかかっているそうだ。映像解析はオープンソースのものを使う。映像データは直接吸い上げずに、人間であれば人数や動き、性別といった解析後の軽いデータのみを扱うのがポイントの1つ。大手電機メーカーのネットワークカメラが10万円以上するのに対して、1万円程度で作れるのも、ある種の参入障壁となるという話だった。大手企業だとデバイス単価が1万円台だと、ビジネスとしてやる意味がないからスタートアップとして市場参入して、一気に面を抑えてスケールできる、というのが鳥海氏の説明だった。
プレゼンの中で鳥海氏は考えられるユースケースや市場、潜在顧客を多数リストアップしていたのだが、これに対して小澤氏がズバンと言ったのは、「リアルタイム・ストリートビューとか分かりにくいことを言わない!」というアドバイスだった。
「オレはピーンと来たね。これは店舗のコンバージョンレートを改善するツールにする。その一点突破だね」
気持ち良いほどの言い切りだった。夏休みの小学生のように短パン姿だった小澤氏は、基本いつも満面の笑みだ。
「これで飲食店の待ち行列も見えますっていうけどさ。まずさ、そもそも満員の店なんてほとんどないんだよ。それに行列のある流行ってる店はね、カメラなんて付けてくれるなって思っているよ。ディズニーランドの中で待ち行列を伝える意味はあるよ。でもね、ラーメン屋は50人並んでるって分かって、ああ行くのやめよなんて客に思ってほしくないじゃん? 51人目になって並んでほしいんだよ。だから流行ってる店からしたら別にカメラなんて付けたくないわけ。混雑状況が見えたらいいなんてニーズはないね。百歩譲ってもニーズがあるのは駐車場くらいだよね」
「そうじゃなくて店舗のコンバージョン改善ツールがいいよ。何人が来て、何人が買うか分かる。店舗だとコンバージョンしてる購入者が見えないじゃん? 男は何人、女は何人とか。レストランなんて100%コンバージョンしてるのに誰が来てるとか分かってないからね。それが分かれば価値がある」
「客が持ってる紙袋の画像分析もできるんなら、シャネルの紙袋を持ってる客が何を買うかも分かる。ルイビトンとかバッグのブランドも見ちゃう。このデータは経営者だったら絶対に欲しいよ。調査員だと1日1万円で月に30万円かかりますが、当社のカメラは月1万円です、しかも調査員と違って面倒だからって適当なことは言わないし24時間働きます! って言えるよね。これだよ、これ! これはいい会社ができると思うなー。マーケツールじゃなくて、売上改善ツールね。どの品物をみて何を買ったのか、あるいは買わないか。どこで何が売れてるか、そういうデータを全部サーバーにためる。オレは絶対これやるべきだと思う。もうこれだけでいいよ!」
メンタリングというより折伏(しゃくぶく)である。ものすごい説得力でキミはこれをやるべきだとニコニコと語り続ける小澤氏は、起業家たちに次々と衝撃を与えていったのだった。後から起業家たちに聞いたところ、そんな小澤氏の評判はとても良かった。
結局のところ鳥海氏は、小澤氏のアイデアを選択はしなかったものの、最終日のプレゼンには、この小澤氏のアイデアを取り入れて、リアルなシャネルの紙バッグまでプレゼン用に用意して会場を沸かせていた。
Incubate Camp 8thのプレゼンから約半年。2016年1月には鳥海氏が創業したフューチャースタンダードは、ポスターをちら見する通行人を顔の向きから判定して効果測定するというプランで総額1.3億円の資金調達をしている。投資したVCとしてYJキャピタルの名前が入っている。YJキャピタルは小澤氏が運営に携わるファンドだ。
もう少しメンタリング時の様子をお伝えしよう。事業プランと、それに対する投資家のインプットの例だ。
「LifeCLIPS」はTechCrunch Japanでも紹介したことがあるのだけど、テキスト限定の投稿サイトだ。サービスを運営するiDEAKITT代表取締役の藤田遼平氏によれば、LGBTとか夜の仕事とか不倫とか、ちょっと表立って言えないような話題を抱える人たちがクラスターとなって、うまい書き手を中心に活発なコメントのやり取りが生まれていて、Mediumのようなものと違う熱量がある、という話だった。
これに対して投資家たちからのインプットは、
・2015年になってテキスト・メディアがメインストリームになれるというのは投資家として疑問。いまだに2ちゃんが健在で8割とかのシェアがある
・エンタメ感がある読み物になっていて、コメント欄のまとめサイトがあればいいのでは
・DAUの4割が書く人というが、それは今だけ。いずれ「書く人」は減る。それはどんなサイトでも10%以下になる
・属性判明型コミュニティーにピボットしてはどうか? 企業の「中の人」の本音が聞けるようなもの。残業はあるか、うざい上司がいるかを聞ける。1人当たり3カ月の転職活動期間として、1人が5人に話を聞く。1社300円として転職潜在人口600万人だから、これで最大300億円の市場。まず人気100企業から攻める。類似市場に不動産購入、学校関連、結婚、クルマ、受験、入院、子育てなんかもありそう。回答者は著名人である必要はなく、特別な能力も不要。質問者が本当に聞きたいことが聞ける。重要な人生の決定に関する価格.comのような口コミサービスがない。
というようなものがあった。ちなみにiDEAKITT代表取締役の藤田遼平氏は今は少し別アングルから新市場開拓を模索していて、ChatCastという別のプロダクトに全力投球中だ。
具体的な名前は書けないが、シェアリング系サービスを計画している若手起業家がいた。その彼に対する投資家からのインプットとしては、次の2つが興味深かった。
1つは投資家の佐俣アンリ氏からの「ロビイングが大事」というアドバイスだ。
「いぜん決済系サービスを立ち上げたときに痛感したのは、インサイダー情報がないと厳しいということ。それは省庁に知り合いができてから楽になった。大きな産業ではロビイングが大事です。国交省の何派に誰がいて、というのをリストアップして政治家を味方に付けていく」
「業界内の利害関係者がどういう状態にあって、どういう気分でいるのか、そこを因数分解していかないといけない。このステークホルダーには、このタイミングで、こういう話を聞いていこうという戦略。古い業界だと、いざプロダクトをリリースするっていうときに全国の関連店舗に怪文書が流れたりしてね、そういうことも起こるから要注意ですよ。スタート時に誰かを激怒させない方がいいです」
既存の古い産業に新機軸で参入しようというとき、むしろ大切なのは利害関係者との対話だと言う。「既得権益者」というと否定的なニュアンスを含むが、こう世間からレッテル張りされる人々には当然悪気などない。むしろ長年努力してきた結晶が今日の業界なりビジネスだと感じている。だから、その関係者と対話を進めよ、というアドバイスだ。
シェアリング系サービスには、次のような冷徹な洞察も、ある現役の経営者から与えられた。
「例えばライド・シェアリングとかっていうけど、見知らぬ人と一緒に乗りたいかな? 多くの人は誰かと仲良くなりたいために乗りたいわけじゃないからね。移動に経済合理性があるかどうか。アメリカとかだと、そもそも公共交通機関がないとか、あっても良く分からない状態だから使うかもしれないけど、日本は公共交通機関が異様に安くて発達しているよね。なので、そもそもそんなにUberとかLyftに日本でマーケットあるんだっけって。ソーシャルが好きな人はいるけど、それは一部。多くの人はサービスを受けるときに人と話すのがイヤなんですよ。最近電話よりメールになってるでしょ? 本当は電話のほうが速いのにメールになるのは、ダイレクトなコミュニケーションがストレスだからなんですよ」
TechCrunch Japanでも紹介したことがある「MAKEY」は、ユーザー同士でメイク方法を共有し合うサービスだ。
このMAKEYに対してベンチャーユナイテッドの投資家である丸山聡氏が「仮説」として話したことと、起業家の中村氏と議論した内容が興味深かった。概要は以下の通りだ。
「(コスメ情報を扱う)アイスタイルとクックパッドは時価総額でいって3倍くらい違う。なぜかというとクックパッドが扱うレシピというのは腐らないから。同じUGCでも扱ってるものが違う。陳腐化しないデータかどうかが大事。例えば、昔の映画の口コミって見ないですよね? レシピは最強です。メイクのレシピにも旬があるはず。少なくとも大正時代の化粧はしたくないよね」
「頻度も大事です。メイクはコスメよりいいけど、食事って1日3回ですからね。メイクは1回とかですよね。UGCで生まれる価値は、利用頻度と陳腐化しないデータの量で決まるという仮説をもってるんですよ」
これに対して中村CEOが指摘したのは、「メイクは1人でも3パターンから5パターンになる(新しいアイテムをどう使うかなど)」ということと、F0層は「自分のメイク」が確立していなくて、「実は塗りたくっている状態」ということ。試行錯誤するため、実際にはメイクの頻度は高いのだそうだ。
MAKEYは、現在は投稿者フェーズでコンテンツを蓄積している段階。後に閲覧者フェーズになったときに、どういうマネタイズがあるのかを2人は議論していた。
日米ともいくつか出てきているが、建設機械のシェアリングを提供するプラットフォームを事業として計画している連続起業家がいた。建機には遊休資産があって、次の工事で使いたい人と遊んでいる建機を結ぶプラットフォームだ。国内だけで市場は1兆円規模で、特にレンタル市場の売上は年5〜10%で伸びている市場という。
これに対する投資家たちからのインプットには、
・土建業界は嘘みたいにIT利用が進んでないからバナー広告とか意味ない。電話だ、電話!
・レンタルだけじゃなく売買もやったほうがいい。人材派遣と同じ。良ければずっと使いたいのが人情だから売却で手数料7%でショットで収益になる
・建機はとにかく壊れる。保険大事
・栃木の工事に千葉の建機は使えない
・ビジネスプランとしては建機マーケットプレイスは年に何度か受け取る(つまり事業アイデアとしては誰もが思いつくし、すでに取り組みも多い)
・レイヤを上げて、トラックや工場の空きシェアリングとか「B向けシェア全般」をやるほうがいいかも。営業部隊も期間工みたい場合があるから営業人員をシェアするのもありかも
というようなものがあった。
さて、以上のように人によっては容赦なく、人によってはとても謙虚に、投資家はアドバイスと自らの知見・洞察を惜しげもなくシェアするのだった。起業家によって反応は違っていて、戸惑ったり、プランに自信をなくしたり、新アイデアに「ユレーカ!」を叫んだりするのだった。
Incubate Campは表に看板を出して活動しているネット・ビジネスのコミュニティーとしては日本有数の存在だと思う。TechCrunch Japanのぼくとしては、ちょっとテック成分が低めでビジネス寄りだなと感じるのだけど、例えば未踏プロジェクトのように技術でとんがっていてビジネス成分が低めの人たちと一緒に何かやるといいのじゃないかと思ったりもした。
Incubate Camp同様のネットの起業家・投資家のコミュニティーとしては、ほかにもInfinity Ventures SummitやB Dash Campなどがある。冒頭に書いたとおり、起業家として成功確率を上げるには、良いメンターとの出会いや、同じ目線で語り合える起業家の横の繋がりが大事だ。
これを読んでいるTechCrunch Japanの読者で、アイデアやプランを持ちながらも実際の事業作りは初めてで迷いがあるという人がいたら、まずコミュニティーに飛び込んでみてはどうだろうか。
ちなみに上記の起業家・投資家の集まる場は、どれも審査制か招待制だ。その一方、ぼくたちのようなメディアが開催しているTechCrunch Tokyoや、THE BRIDGE Fesのようなイベントもある。こちらは誰でも参加できるオープンな場だ。実際には仲の悪いVCとか競合してるメディアとか音楽性の違う投資家とかドメドメすぎて海外のスタートアップが寄り付かないとか、いろんなニュアンスの違いがあるのだけど、それぞれが緩やかに繋がっている。自分の力で世の中に大きなインパクトを与えたいと思っている起業家や、その卵には、是非こうしたコミュニティーに飛び込んでみてほしいと思う。事例と議論を重ねて、失敗や試行錯誤から学び、成功率を上げていくのは個々人よりコミュニティーのほうが効率がいいはず。その結果として世の中が楽しく便利になったら、これは本当に素晴らしいことだと思うのだ(情報開示:TechCrunch Japanはイベントビジネスを収益の柱の1つとしている。だから……、今年もたくさん来てね!)。