表計算やグラフ作りに使われる定番ソフト「エクセル」。その図形描画(オートシェイプ)機能だけを使って、見事な風景画を描き出す達人がいます。群馬県館林市の堀内辰男さん(76)です。会社員時代に培った技術者魂で、16年かけて独自の「超絶技巧」を編み出してきました。
【写真】見よ!エクセルの技 定年後のおじいちゃんが生み出した超絶技巧
技術者魂で素人から挑戦
作品は、風景画が中心。その作風は、繊細そのものです。例えば大作「夢の鞆の浦」は、複雑な岩肌や、細かい波頭、さらには満開の桜が細かく描かれています。海に島が映り込んでいる様子も、色の濃淡で巧みに表現されています。
しかし、事務作業の象徴のようなエクセルで、なぜ絵を描こうと考えたのでしょうか。
2000年に定年を迎えるまで、堀内さんは絵を本格的に描いた経験も、エクセルを使った経験もありませんでした。しかし、定年後に時間をもてあまし一日中パソコンをいじっているうち、かつて会議資料で見た、カラフルなグラフや模式図が頭によみがえってきました。
「エクセルで図形を組み合わせれば、絵が描けるんじゃないか」。ふとした思いつきを、迷い無く実行に移せたのは持ち前の技術者魂があったからだといいます。堀内さんは電機メーカーで長年、殺菌装置の研究や、事務機器の開発に打ち込んできました。
「人まねをしたら、技術者はおしまい。常に新しいことに挑戦する」。ものづくりの精神を、仕事を通じてたたき込まれてきたと言います。パソコンでも、高機能な専用ソフトで描いている人は大勢います。その後追いはしたくない。「何より、俺はケチだからさ。高いソフトを買いたくなかったんだよ」。堀内さんは、照れ隠しのように笑いました。
貼り絵の手法で根気よく
手始めに、数十年育ててきた君子蘭の絵を描きましたが、30分間かけても落書きのような出来栄えでした。しかし、めげずに路傍の花、台所の野菜、果物と手当たり次第に書いたといいます。
堀内さんが編み出したのは、「貼り絵の手法」です。花なら花びら一枚一枚、木なら幹の陰影ごとにパーツを作ります。パーツは、エクセルで作りやすい丸や四角など単純な形。それを着色し、形を微調整して、こつこつと重ね合わせていきます。パーツの数は膨大な量になります。大きな作品では2万以上のパーツを組み合わせました。堀内さんは「根気の良さも、研究の日々で身についたもの」といいます。
エクセルならではの機能も駆使しています。白いパーツの「透過性」を上げて半透明にして重ね合わせると、下のパーツの色がかすみます。この効果を活用すれば、水面にうっすらと山が映り込む姿や、森を覆う霧を表すことができます。また、着色する際、微妙に色が変化していくグラデーションをかけるのも簡単。花びらなどの色合いを自然に表現するのに重宝するそうです。
堀内さんは描き始めて16年。今では「どんなソフトより、エクセルの方がはるかに楽に描ける」と言い切ります。
できあがりの喜び2倍
これまでに作った作品は、数百点。2006年には、IT情報サイト「moug」が主催した「オートシェイプでお絵かきコンテスト」で大賞を受賞。その後も2年連続で入賞を果たしました。今年は地元のフェスティバルで展示するため、朝顔とツツジを描いた二つの大作を、すでに完成させました。
地元の公民館では長年、エクセルを使った絵の描き方を教えています。教え子は、パソコンが使えず、絵も描けなかったお年寄りが大半です。「でも、4時間も学べば、小さな作品を描けるようになる。すると2倍の喜びなんですよ。自分の世界が二つの分野で広がるわけだから」。
今でも、エクセルに向かわない日はありません。「作品で多くの人に喜んでもらえるのが何よりうれしい。これはもう、生きがいですね」
これまでの作品は、堀内さんのホームページ(http://pasokonga.com/index.htm)で見ることができます。