ネット上で「要件事実おじさん」「要件事実アニキ」と呼ばれ人気を集めていた、現職裁判官のツイートをめぐってあるニュースが報じられた。ネットニュース編集者の中川淳一郎氏が、ネットにおける個人の情報発信のありようについて考察する。
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ネットにおける個人の情報発信のありようが変わるかもしれないと思わされた画期的騒動が発生した。きっかけは、東京高裁の岡口基一裁判官に関する産経新聞の〈50歳裁判官、「縄で縛られた自分」とツイッターに半裸画像投稿 東京高裁が厳重注意〉という記事だ。
岡口氏は、自撮り写真をツイッターに投稿することで知られている。マッチョな体型で、半裸姿で右手を腰にあて、左にガラケーを持つ姿勢が定番だ。そんな一連の投稿の中の、行きつけのバーで客のSM女王様から半裸で「緊縛」してもらった写真や、「エロエロツイート頑張るね。白ブリーフ一丁写真とかもアップしますね」などの投稿が上司から問題視された。
産経新聞は高裁の渡部勇次事務局長による「現職裁判官が国民の信頼を傷つけ、誠に遺憾だ」というコメントを紹介した。
この報道後、岡口氏は「国民の皆様に多大なるご迷惑をおかけしたことを深くおわびする。このようなつぶやきは二度としない」とツイートし、問題となったツイートへのリンクを貼った。お詫びはしつつも、ご丁寧にリンクを貼っている以上、件のツイートを見てもらいたいという意識が感じられる。
その後も同氏はツイッターを楽しそうに続けており、「男は黙って白ブリーフ 今回の騒動で、白ブリーフのイメージは良くなりましたか?」とツイッターの投票機能を使って投票を呼びかけた。結果は74%が「良くなった」と答え、「悪くなった」は26%だった(投票総数4317票)。そして、「愉快なお人柄を感じられて、裁判官と云う職業がちょっとだけ身近に思える様になりました」のように、好意的な意見が続々と書き込まれた。
岡口氏がこうした写真を投稿することは元々有名で、騒動後も「誰かと思えば、岡口裁判官じゃねえか。氏の変態画像投稿なんて毎度のことだろ、何で今さら騒ぐんだよw」などの声が出た。ネットでは愛されキャラだったのだ。
ネット上の活動がリアルの生活に波及すると、大抵の人はSNSをやめるか、問題視された発言を削除する。だが、岡口氏は意に介さず、フォロワーが1万数千人増えて、ますます意気軒昂。そもそも個人的な活動をいちいち仕事先と結びつける必要はあるのだろうか。
岡口氏は元々所属先についてプロフィール欄に書いてもいなかったし、具体的な仕事のことは書いていない。あくまでも楽しくプライベートの話を書き、自撮り写真を掲載していたのである。
私は常々ツイッターのプロフィールの「このツイートは所属する組織の見解を表すものではありません」という表記を見ては、なんとくだらん言い分だと思っていた。それは、いちいち予防線を張るそのユーザーに対してと、個人的な活動を規制する組織に対してだ。そしてもっとも大きいのが何らかの不快な発言があった場合、その組織に抗議を入れる一般人のさもしいお客様体質に対して、である。
今回の岡口氏の堂々とした様子と世論を味方につける能力は、この間抜けな風潮をぶち破る一つの契機になるかもしれない。
●なかがわ・じゅんいちろう/1973年生まれ。ネットで発生する諍いや珍事件をウオッチしてレポートするのが仕事。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』など
※週刊ポスト2016年7月22・29日号