「私が人工知能に出合ったのは大学時代です。その頃、私は“人”が大好きで、魅了されてさえいたのです。心理学、哲学、医学について勉強し、そのうえで人工知能を勉強しました。その結果、『人工知能を研究することは、“人”を理解するための最良の手段であり、最も建設的な方法である』ことに気づいたのです。
同時に、人工知能は人を超えていく、そして人間の生活を大きく変容させるもの――つまり近い将来、シンギュラリティ(人工知能が人間の能力を超えたときに起こること。技術的特異点)は必ずやってくると考えました。
ドラえもんの話は、とてもすばらしい喩えですね。当然ながら、私は人類をよくするために人工知能と向き合ってきました。そういう意味では、私の目指しているものはドラえもんと同じですね」
「私は、自ら創設したグーグルの秘密研究プロジェクト『グーグルX』で自動運転車の研究・開発などに長年かかわってきました。かつては『インテリジェント・カー(高い知能を有する車)を造る』と言ったら、みんなに笑われたものです。
でも私は当初から『車は人より賢くなれる』という強い信念を持っていました。そして今、公道での走行実験も本格化し、それは実証されています。最近では私の妻は、私が自動運転車を手動で運転しようとすると、『自動運転のほうが安全だから、そちらに切り替えてほしい』と言うほどです(笑)。自動車に限らず、飛行機の自動操縦はもう始まっていますよね。
ここで重要なポイントが一つあります。人間なら、運転ミスをしたときに同じミスを起こさないよう学べるのは本人だけ。一人の学びを横展開できません。しかし、機械学習ができる自動運転車なら、ある車が経験したエラーや過ち、危機からの学びを速やかに別の車にも横展開できます。つまり、それぞれの車が学習したことを集団で共有できるので、人間では考えられないほど学習スピードが加速します。しかも、人工知能は人間と違い、一度学んだことを忘れません」
「今、グーグルXでは、ディープラーニングをテーマに演習を繰り返す『グーグル・ブレイン』というプロジェクトが進行中です。
人工知能の肝となるのはデータです。ビッグデータ時代の到来により、大量のデータをコンピュータ処理できるようになった今、ディープラーニングの研究も加速度的に進んでいます。
たとえば、人工知能に動画サイト、ユーチューブの動画を見せ続けると、たった半年で驚くほどスピーチの精度が上がることがわかりました。
自動車については、自動運転から無人運転へと段階が進んでいます。そうなると、“オンデマンド”、つまり、人間の要求に応じて必要なときにだけ車がやってきて、用が済んだら乗り捨てる。そして車は次に必要としている人の元へと向かう、といったことが可能になります。車を所有する必要性がなくなるのです。そうなれば、駐車場の心配も無用です。
アメリカでは、これを実用化しようとしています。限られた都市においては、3年から5年以内に、無人運転車を購入できるようになるでしょう。
アメリカの調査では、自動車はなんと3%の時間しか使われていない、つまり、残りの97%の時間は駐車しているそうです。要求に応じて動く無人運転車が実現すれば、そうした無駄もなくなります。
また、自動運転車が優れた人工知能を手に入れることによって、渋滞も減ります。なぜなら、渋滞を避ける抜け道などのルートを適切に選択できるからです。
メガネ型ウエアラブル(身に着けて持ち歩ける)端末である『グーグル・グラス』は、見たものすべてを記録することができます。第2の脳になるわけですね。しかも、それらが互いにつながれば、脳の情報を横展開できます。数万人の弁護士、数万人の医師が経験したことをすべて学習することも可能です。
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(左)グーグルが開発中の自動運転自動車。昨年9月にメディアにお披露目された。(写真=ロイター/AFLO)(右)身に着けるコンピュータ、「グーグル グラス」。プライバシーの観点から個人向けの販売は中止となったが、研究は継続中。(写真=Google/AP/AFLO)
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一方、スタンフォード大学での研究実験では、約10万の皮膚がんの画像を、ディープラーニングができる人工知能に学習させました。その結果、皮膚がん診断の精度は、最高の皮膚科医といわれる人より人工知能のほうが勝っているとの結果が出ました。しかも、iPhoneで撮影した画像によって診断ができるのです。
医療・健康の分野では、グーグルXでもプロジェクトを進めています。『インテリジェント・コンタクトレンズ』と呼ばれているものは、人体のさまざまな数値を測定できるコンタクトレンズです。血糖値も測定できますので、糖尿病患者がいつ注射を打たなければならないかも自動的に教えてくれます」
「人工知能は『便利なもの』『使いやすいもの』ですが、われわれ人間の仕事を大きく『破壊』するものでもあるのです。ただ、ここで言う破壊とは、物事をぶち壊すということではありません。既存のビジネスモデルが変わるという、ただそれだけのことです。
過去を振り返れば、農業改革や産業革命などにより、さまざまな旧来の分野で仕事をする人間の数は劇的に減り、同時にまた、新たな仕事が生まれました。数百年前の人は、IT技術者などという職業が生まれるとは、よもや思わなかったでしょう。それと同じことです。
表計算ソフトにデータを入力するだけといった“反復的な仕事”の多くは人工知能にとって代わられるでしょう。また、これはもう一部で行われていますが、金融・株式市場のマーケット動向やスポーツの試合の結果を伝えるだけのニュース記事なら、記者も必要ありません。人間が思いつく前に、人工知能によって記事が入力、書きかえられていきます。
反復的な仕事を人間から人工知能が奪うことは悪いことばかりではありません。今まで人間がやっていたことを人工知能がやれるなら、人件費が浮きます。つまり、人間にとって必要なものがどんどん安くなっていくのです。食料、住宅、輸送・交通、医療などが安くなるため、格差なく多くの人に行き渡ります。そうなってくると、いい生活をするためにたくさんのお金を稼ぐ必要がなくなるわけです。
さらに、人工知能の知性がもっと高まれば、弁護士、会計士、パイロットの仕事すら安泰とは言えません。
1997年、人工知能はチェスの世界チャンピオンに勝ちました。将棋は、2010年に勝利しました。確実に言えるのは、人工知能は初めに、反復作業で習得できるものについて成功を収めるということです」
「人と人との交流――たとえば人工知能で皮膚がんの診断ができたとしても、医師が患者を診るというヒューマンタッチは置き換えられません。また、人工知能の進化のためにもエンジニアは必要です。インスピレーション(ひらめき)を受けたり、新しいことを創造する力となると、まだ人工知能はそこまで至っていません。
人間の新たな仕事はもちろん生まれますが、なにより、働き方が大きく変わります。それが『オンデマンド雇用』です。オンデマンド雇用とは、企業が必要になったときにだけ労働者を採用する方法です。つまり、労働者はフリーランサーみたいなものです。
企業側にしかメリットがないように思われるかもしれませんが、そうではありません。労働者の側から見れば、今週はホテルの支配人をやろう、来週はタクシーの運転手に、再来週は皮膚科の医師になろう、といったことも可能となるかもしれないからです。
今、アメリカにおける平均在職期間は4年半だそうです。それが数カ月とか、数週間という短さになるのです。職を失いやすいが、転職しやすい、そんな社会になります。
われわれは、すべての固定観念を捨ててポジティブにこの社会変化を受け入れるべきです。さまざまな仕事にチャレンジできるようになるのは、人工知能があればこそ。
ただし、人工知能がどんどん賢くなると同時に、人間もどんどん賢くならなければなりません。生涯教育がますます重要となります。
人工知能という脅威の波が押し寄せてきたとき、一度だけ大学で教育を受けるとか、1回だけ学位を取得するということでは足りません。また、変化の激しい時代において、社会人が2年間も海外に留学するという形では、個人にとっても企業にとってもコスト、時間、成果のリスクが大きすぎます。人間は、通勤時間中でも、トイレでも、どこにいても常に学習し、進化し続けなければなりません。
人工知能はあなたの会社にやって来ます。これは、既存社会の破壊であるかもしれません。しかし、人工知能の可能性をオープンな考え方で受け止めてください。頭にコンピュータを着けることによって、すべてを記憶し、すべての人を認識することが可能になります。人工知能は私たちの脳を進化させ、そして1000倍賢く、知性を富ませてくれるものです。人工知能を搭載した道具をうまく使いこなしながら、常に最先端に立てるよう、自らの生産性を引き上げてください。今後、進化をし続けない従業員は、いらなくなるのですから。
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Sebastian Thrun(セバスチャン・スラン)----------