都会でのワンルームアパートなどでは窓がなかったり、あったとしても窓を開けたら隣接ビルの壁がせまっていたりと閉塞感でいっぱいになったりすることがある。任天堂でUI開発を担当していた2人が創業したアトモフは、デジタルな壁掛け窓に風景動画を表示して癒してくれるデバイス「Atmoph Window」(アトモフウィンドウ)でこれに応えようとしている。Kickstarterで5月13日から先行予約を開始していて、6月1日17時半に276人の支援者を集めて目標額10万ドルを突破した。
姜京日(かん きょうひ)アトモフCEOはによれば、競合製品としては、日本だとFramed * 2.0、海外ではElectric Objectsがある。ただ、どちらもアートを飾るデジタルディスプレイで、あくまでも風景を表示する「窓」を目指すアトモフのコンセプトとは異なる。アートは空間を広げないが、窓は開放感を生むからだ。
映しだされるのは、アトモフが世界各地で撮影した独自の4K動画。今のところニュージーランドや日本などで80本ほど撮影していて、今後も追加していくそうだ。動画はクラウド経由でダウンロードでき、切り替えはiPhone/Androidアプリから行う。アプリからは動画リストの表示やリモコンモード、地名や場所に関する情報などが見られる。
「窓」というコンセプトなので、今後はライブストリームも行う。たとえば、人が行き交うロンドンの雑踏だとか、京都の静寂の禅寺に驟雨が降る風景、ニュージーランドの芝生をウロウロする羊だとか、そうしたものを映し出す配信スポットを追加していく。こうやって風景を映すことで旅行など新たなビジネスへつながる可能性がある、ということもアトモフでは考えているようだ。
また、面白いのはアトモフには近接センサーが搭載してあって、天気や時刻、カレンダー表示にも対応すること。手をかざせば、すぐに必要な情報が表示される。一方で、写真やPDF、Webページを表示するようなことは今後もせず、「便利な表示デバイス」にしてしまって「窓」というコンセプトが壊れることはやらないそうだ。この辺りはアトモフ内で議論を続けていて、例えば窓の向こうがイギリスの図書館の中、というように別の空間と繋がるのは「あり」の範囲かもと議論しているという。Kickstarterでキャンペーン開始してすぐに支援者から独自アップロード機能へのリクエストがあったのを受けて、所有者自身がアップした動画についてのみアトモフで表示可能にするよう方針変更したそうだ。
アトモフの筐体設計と基板設計は終わっていて、量産前のプロトタイプとしては完成している。現在は製造と組み立てのために工場などの業者を関西中心にまわっている段階だ。パートナー選定が終わって、6月にKickstererキャンペーンが終了後したら、7月から量産体制に入る。
アトモフのKicksterer価格は以下となる。27インチディスプレイ(1920×1080ピクセル)モデルのリテール価格は699ドルだが、Kickstarterでの通常価格は549ドル、スーパーアーリーバードが399ドルで100台、アーリーバードが499ドルで250台となっている。399ドルは既に売り切れとのこと。
製品が売れている地域は、国内が半分、海外が半分。海外では主にアメリカ、ドイツ、イギリス、イタリア、カナダ、中国、パキスタンなどから買われているという。数台セットで施設やお店、カフェなどが買っていくという。
縦位置の4K動画というのは世の中になく、自分たちでコンテンツ作りをする必要があった。撮影は早朝から夜中まで車で回りベストショットを探し求めた。状景の音も同時にマイクで収録している。実際の撮影ではトラブルもあったそう。1週間のニュージーランドでの撮影時、誰もいない荒野でレンタカーのタイヤがパンクし、携帯の電波もなく、もう終わったかと泣きたくなったことがあったという。なんとか通行人に助けられ、スペアタイヤで車工場を探し、修理に2日かかったとか。
姜京日アトモフCEOは、青山学院大学で機械工学、南カリフォルニア大学でコンピュータサイエンス修士卒業。小さなWeb制作会社をした後、NHN JapanでUI開発を4年、任天堂でゲーム機のUI、ネットワークサービス、各種Webサービスの開発をしていた。
創業のきっかけは、10年前に留学した米国の小さな部屋にいたときに、窓の目前がビルで、窓を開けるとビルの壁がすぐそこに見える状態だったこと。なんとかしたいと思ったのが、ずっと頭にあったという。また、趣味でeMaginのZ800、Oculusなどのヘッドマウントディスプレイを色々試しているときに、ゲーム終了後に電源を切るとまた閉塞感のある現実に戻ってしまうことに気がついた。これを窓型ディスプレイで解決できないかと考えたそうだ。
任天堂での同僚が共同創業者の中野恭兵氏だ。任天堂の入社面接で会ってから退職するまで同じUI開発チームのリーダーで、Yahoo、ミクシィでの経験もあり、一緒に働いていて得るものが大きかったという。アトモフの初期プロトタイプを見せ、開発を一緒にやってもらえないかと誘ってみたところコミットしたいとの回答を得たという。現在、中野氏はアトモフでソフトウェア統括を主に担っている。
これからの展望として姜京日アトモフCEOは、「製造が成功し、皆さんに来年3月に届けることを最優先します。その後もっと大きな窓や、世界のカメラマンによるマーケットプレイスのようなものも構築したいと考えています」と述べている。
日本発スタートアップであるアトモフがデジタルな壁掛け窓としての市場をどこまで開拓できるのか注目したい。