モーター部品を製造する日本電産創業者の永 守重信社長はこれまでの自社の成長を支えてきたのは東大やハーバード 大卒のエリートではなく、会社が小さかったときに採用せざるを得なか った「カスみたいな」人材だという。
1973年、高度成長期を経て豊かさを手に入れた若者がペアルックで 街中を闊歩(かっぽ)し、地方から中央競馬に転身したハイセイコーの 快進撃に熱狂していたこの年の7月、京都市の片隅の民家にある小さな プレハブ小屋で日本電産は誕生した。
永守氏ら創業メンバー4人は世界に通用するモーターメーカーを目 指して製品開発や営業、資金調達に奔走。社員確保には特に苦労した。 一流大学の学生には見向きもされず、声が大きい順、食事を速く済ませ た順に採用を決めるユニークな試験も実施して話題を集めた。
それから42年、日本電産の部品はスマートフォンから自動車まで多 様な製品に使われるようになり、連結売上高1兆円、時価総額2兆8000 億円超、世界で12万人以上の従業員を抱える電子部品帝国に変貌を遂げ た。ブルームバーグのデータによると、永守氏自身も保有自社株の時価 総額だけで2400億円を超える国内10位の富豪となった。
永守氏は京都市の本社でのインタビューで、大きな成功をもたらし た経営の要諦について「人の意識を変える」ことだと話した。「どんな だめな人でもうまく使えば戦力になる」との信念の下、鍛え抜いて育て た部下たちが今や同社の高い成長と収益力を支えているという。
気概と執念
永守氏に関しては猛烈な仕事ぶりや独特の経営哲学が自身の著書な どを通じて知られている。大声や早飯競争による採用、新入社員にトイ レを素手で掃除させていた話などは特に有名だ。永守氏はインタビュー で、人材採用や教育方法の考え方は今でも「基本的には変わっていな い」とし、学歴よりもやる気や情熱を重視していると話した。
今年1月の報道関係者との懇談会では、創業からしばらくは「ロク な人間が来なくてカスみたいなのばかりを採用した」とし、「それをな んとか教えて、教えて、教えてみんな偉くなってきた」と述べていた。
最近でこそ一流大卒のエリートも採用できるようになったが、実際 に経営を任せると「全然できていない」ことがあると分かった。その一 方、「3流大学の2浪2留年、それを足で蹴りまくって育ててきた」部 下たちが今や子会社で高い利益率をたたき出している事実を指摘し、 「経営は頭でなくて気概と執念」との思いを新たにしているという。
「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」を合言葉に猛烈なハード ワークを部下にも求める永守氏を古臭い根性主義者ととらえるのは間違 いだとアドバンスド・リサーチのアナリスト、スコット・フォスター氏 は指摘。「永守氏は自分がしていることを理解している。やる気を引き 出してさまざまな問題を解決していく人材再生の達人」と定義づけた。
M&Aで全勝
日本電産の急成長は積極的に手掛けてきた企業の合併・買収(M& A)抜きには語れない。主なものだけで約40件を手掛けたが、永守氏は それらが「100%成功」だったと振り返る。
2000年以降は海外企業へのM&Aを加速。スマホの普及で主力製品 だったパソコン用ハードディスク装置の需要が下火になるとみるや、自 動車用や産業用大型モーターを持つ企業を相次ぎ買収して傘下に納め、 市場の変化に合わせて事業ポートフォリオを再構築した。
永守氏は失敗の確率が特に高いと言われる海外企業のM&Aにおい ても特別な秘訣があるわけでなく、「社員の意識を変えただけだ」と述 べ、一度もリストラをしなかったという。
大量解雇による合理化で企業を再建する手法から「チェーンソー」 の異名を取ったアル・ダンラップ氏や、成績下位10%の従業員を毎年解 雇し入れ替えた米ゼネラル・エレクトリック(GE)のジャック・ウェ ルチ氏ら過去の欧米の著名経営者とはアプローチを異にしている。
「儲からない」には理由
M&Aで永守流の意識改革は多くの場合、買収した企業の従業員を 集めて問題点を指摘することから始まる。意識改革の具体例として、03 年に赤字に苦しんでいた老舗モーターメーカー、三協精機製作所(現日 本電産サンキョー)を買収後に調達部門の担当者を集め、こんなやり取 りを交わしたという。
「この部品を一体いくらで買っていますか」との質問に「100円で す」との返事があると、「それは高いと思うか安いと思うか」と続け る。「非常に安く買っていると思う」との回答に、永守氏はその場で自 社の同じ部門に電話して、日本電産は80円で調達し、まだ引き下げの必 要があると話させる。会話はスピーカーで室内に流れ、2割高以上で買 っていたと知った三協の担当者はうなだれるばかりだったという。
こうした会社の場合、トイレットペーパーから社用車のガソリンま であらゆるものを高く調達していることが多いという。三協での収益改 善は一気に進み、わずか1年で黒字に転換した。
永守氏は企業が「儲からないのは理由がある」と話す。「怠けてい る人が多い会社、工場が汚い会社、社員がよく休む会社」ほどうまく経 営すればすぐに大きな利益を出せる可能性を秘めていると話した。
一橋大大学院国際企業戦略研究科の楠木建教授は、平凡な部下を鍛 えて優秀な人材に育て上げる手法は「理にかなった戦略」と評価する。 「一流の人材から始めたら多額の報酬を支払う必要があり、コストがか かる」とし、永守氏は企業買収でも安く買って価値を高めるという意味 で同様のことをしており、その戦略は「一貫している」と話した。
日経ビジネス誌が昨年実施した「社長が選ぶベスト社長」では、永 守氏がソフトバンクの孫正義社長やトヨタ自動車の豊田章男社長を抑え て1位に選ばれている。選考理由としては買収先の雇用を守る、できる まで一つの仕事をやり通す執念などが挙げられていた。
ストイックな生活
永守氏は70歳となった今も昔と変わらず1年365日、1日16時間働 く仕事スタイルを続ける。酒は飲まず、たばこも吸わず、ギャンブルも 夜遊びにも縁がない。野菜と魚中心のヘルシーな食生活を心がけ、毎日 朝と晩に計1時間ほど自宅のトレーニングジムで体を鍛えて体調管理に 万全を期しているという。
日本電産の連結売上高を30年までに今の10倍の10兆円に伸ばす目標 を掲げており、85歳になるそのときまで最高経営責任者(CEO)を続 けると明らかにしている。「社員は放っておいたらどんどん怠ける」と する一方で、「社長が怠けたら社員はもっと怠ける」とも考えており、 従業員だけ働かせて自分だけ遊ぶようなことは許されないと話した。
自著では昔のエピソードとして、社員研修で「日曜出勤の楽しみ」 と題して講義したほか、花瓶を床で叩き割ったり、ものを蹴飛ばして部 下を激しく叱責することもよくあったとしている。一方、社員の夏と冬 の賞与袋に自筆の手紙を同封したり、マイナス思考から抜け出せない部 下を日曜日ごとに自宅へ呼び、午前10時から午後10時まで説得に努めた など部下の心に働きかける努力も紹介されている。
最近ではリーマンショック後の09年に一般社員を対象とした賃金カ ットを実施したが、業績が回復した約1年後には減額した全額を利子を つけて支払った。
自動車調査会社、カノラマの宮尾健アナリストは、世間の凡百のワ ンマン社長と永守氏が違うのは「他人に厳しいが自分にはもっと厳し い」ところであり、強い求心力の源になっている指摘。どんなに激務で も納得して働いている限り、従業員は自分の会社を「ブラック企業とは 感じない」とし、永守氏は「従業員に忠誠心を抱かせるところが圧倒的 に優れている」と述べた。
シャープ元社長の挫折と再挑戦
永守氏が社外取締役を務めるソフトバンクの孫社長は米グーグルか ら招いたニケシュ・アローラ氏に165億円以上の巨額の報酬を支払った ことで話題を集めたが、永守流の人材登用は幹部社員の引き抜きでも一 味違う。
永守氏が昨年、日本電産に招き入れたのは経営不振に陥っている家 電メーカー、シャープの社長を務めた片山幹雄氏だった。肩書きは副会 長兼最高技術責任者で、永守氏を含め4人いる代表取締役も兼務する。
シャープ衰退の元凶とメディアが片山氏を糾弾する中、代表取締役 にも就任の理由について永守氏は4月の決算会見で、入社以来の働きぶ りで「日本電産の成長発展に貢献できる力は十分に持ち合わせている」 と判断したという。「人間には挫折経験は絶対必要。失敗があるから成 功する」との考えのもと、世論に関わらず片山氏の奮起に期待する。
エリート人生を歩んで40代でシャープ社長となり、かつては座って いた椅子が「後ろに倒れるぐらい」威張っていたという片山氏は挫折を 経て人間性が磨かれ、経営者として一段大きく成長したとみる。永守氏 は「もう1回大きな花を咲かせてくれると思う」と期待を込めた。