長期にわたって安定した政権運営を続ける安倍政権。民進党の存在感も薄く、対抗勢力が出てこない中で「安倍一強体制」はこのまま強くなる一方なのか。その“強み”を探っていくと国民の期待感を離さない様々な手法が浮かび上がってきた。一方で、弱点、死角も見えてくる。皮肉にも、最大の“強み”が“弱み”に転化する可能性があることも事実だった。
(出典:文藝春秋オピニオン 2017年の論点100)
政権発足からすでに約4年が経過している安倍政権だが、依然として内閣支持率は発足当時からほとんど低下しないという奇跡のような“高値安定”状態を維持している。戦後の歴代政権と比較しても、これほど長期にわたって安定した政権運営を継続している例は極めて珍しいといえるだろう。2016年夏の参院選挙の大勝を含め、国政選挙3連勝(政権を奪還した総選挙も加えると4連勝)というのもおそらく初めてのこと。
では、なぜこれほど安定し、高い支持率を維持し続けるほど強力な政権となり得ているのか。その、いわば“強み”を探ることで、今後の政権の課題、目指している目標、さらには強みと裏表の関係にある弱点、あるいは死角が見えてくるのではないか。
安倍政権の強みはまず、国民の中に強い安定志向が存在していることだ。小泉政権以降の6年間は政治の混迷状態が続いた。これに辟易(へきえき)した多くの国民が安倍政権に「安定」を求めたのではないか。これと関連して、安倍政権にとって結果的に大きなプラス材料となっているのが「民主党政権のトラウマ」とその結果としての「受け皿」の不在である。
「政治が変わる」という大きな期待感の中で誕生した民主党政権だったが、結果的にはリーダー選びのミス、稚拙な政権運営、内部分裂などが重なり、期待感の何倍もの失望感のなかで崩壊した。民主党は維新の党などと合流し、民進党に衣替えしたが、多くの国民は「民進党イコール民主党」のイメージを抱いており、その結果として、未だに民主党政権に対するある種の「トラウマ」を抱えたままの状態にある。
民主党政権時代の呪縛から抜け出せない中、民進党は政権批判の「受け皿」として認知されるに至っていない。同時に、安倍政権に対して、多少の不平、不満、疑念を覚えたとしても、「あの民主党政権よりはマシ」と考えることで、国民が「反政権」に傾く流れが食い止められているのではないか。安倍政権の高支持率は、前民主党政権の失敗によって支えられているともいえるだろう。
だがそれ以上に、安倍政権の最大の強みは「期待感醸成・維持能力」にある。この政権は国民に期待感を抱かせ、なおかつそれを維持する能力が極めて高い。その“武器”となっているのがスローガンでありキャッチフレーズだ。言葉を変えれば「広報・宣伝戦術」の巧みさといってもいい。安倍政権は内閣改造のたびに新たな看板政策、目玉閣僚を繰り出してきた。まず掲げたのが「地方創生」、次に「女性活躍」、さらに「一億総活躍」、そして「働き方改革」……。具体的な実績が上がらず、看板が色あせるや、新たな看板に差し替えて、再び期待感を上昇させるという手法である。その象徴が「アベノミクス」だろう。
ここにきて、限界が見え始めたアベノミクスだが、これまでこの言葉には常にセットでプラスイメージが張り付いていた。効果の実感はないが、いずれは自分も……、という期待感を大多数の国民が抱いてきた。無論、一部にはアベノミクスの恩恵を享受している層が存在することは事実。だが、各種の世論調査を見ると、70〜80%の人が「アベノミクスを実感していない」という数字が一貫して続いている。にもかかわらず、多くの国民はまだ、アベノミクスに対する期待感を捨て切れていない。逆にいえば常に「経済最優先」を掲げるなど、安倍政権は様々な手法を駆使して期待感を繋ぎとめているとみてもいい。
“強み”が“弱み”に?問題はこの先である。「受け皿」がない状態が続いている間はいい。だが、参院選の投票動向や各種世論調査のデータを見ると、いわゆる無党派層が徐々に安倍政権離れを起こしつつある中で、仮に民進党なり他の政党が受け皿として多少なりとも認知される状況が生まれれば、強みの1つは消え去る可能性がある。
また、今や最大の強みであるアベノミクスへの期待感も、いつまで維持し続けることができるかという状況に差しかかってきている。いつまでも期待感だけで国民の支持を維持することは難しい。ある時点で期待感が失望感に転換した時、最大の強みは瞬時に弱みにすり替わる。
とはいえ、客観的にみて当面は「一強他弱」の状況が続く可能性が高い。自民党内に限っていえば「安倍一強体制」が強まる一方で、派閥がかつてのような「戦闘集団」としての機能を失った結果、「ポスト安倍」への動きも極めて鈍い。
そうした状況の中、安倍総理は「総理の三大欲望」の1つといわれている「歴史に名を残す」という目標に向かって、着実に歩を進め始めている。その目標とはいうまでもなく憲法改正だ。すでに2016年夏の参院選でいわゆる改憲勢力による改憲発議に必要な3分の2の確保に成功したことで、その目標は一挙に現実味を帯び始めた。
ただ、改憲の実現には連立与党である公明党とのスタンスの違いを埋めなければならないし、国会での憲法審査会の議論も含め、かなりの時間が必要となる。現在の安倍総理の自民党総裁としての任期(2018年9月)内での実現はかなり困難だろう。だからこそ、ここにきて総裁任期の延長論*が浮上してきたと見るのが自然であり、自民党内のそうした動きの背景に自らの手による憲法改正の実現に執念を燃やす安倍総理の思惑があると見て間違いない。もっとも総裁任期延長は、ただちに安倍総裁の任期延長を意味するわけではない。現在の任期が切れる時点で、今のポジションを維持できているかどうかは不透明だ。
政界一寸先は闇でもある。煌(きら)びやかに輝くシャンパンタワーは、たった1つのグラスが傾いただけで崩れ落ちる。順風満帆に見える安倍政権だが、果たして先行きに待ち構えているのは明るい展望か、それとも……。
*今年3月に総裁任期が連続3期9年に延長。2021年まで総裁が可能になった。
著者:伊藤惇夫(政治アナリスト)
(伊藤 惇夫)