客(ふむ……どことなく香川を思い起こさせるいい味だ)チュルチュル…
客「!」ブッ
客「おい、このラーメンゴキブリが入ってるぞ!」
店主「なんですって!?」
店主(まずい……どうにかしなければ!)
店主「……お客様」
客「なんだ?」
店主「ゴキブリが入っていて……なにか問題があるのでしょうか?」
客「なにぃ!?」
店主「そうでしょうか?」
店主「こう考えてみて下さい」
店主「たとえば、このゴキブリがチャーシューだったらどうでしょう?」
客「嬉しい……!」
店主「ね?」
店主「チッ」
客「今、舌打ちしたろ!」
店主「ちがいます。今のはチャーシューの“チ”です」
客「それならいいんだ」
客「チャーシューは食えるけど、ゴキブリは食えない!」
客「ラーメンに食えないものが入ってるってのはやっぱりおかしいだろ!」
店主「え、ゴキブリって食べられますよ?」
客「え、そうなの?」
店主「海外ではゴキブリを食用としてる国もあるくらいです」
客「へぇー」
客「日本ではゴキブリを食べる習慣ってほとんどないし」
店主「ほとんどっていうか、全然ないですよね」
客「いいじゃないか! ほとんども全然も似たようなもんだ!」
店主「全然違います」
客「ちくしょぉぉぉぉぉ!」
店主「果たしてそうでしょうか?」
客「なに……?」
店主「もし、このゴキブリがヘラクレスオオカブトだったら、どうでしょう?」
客「嬉しい……!」
店主「ね?」
店主「チッ」
客「またチャーシューの“チ”か?」
店主「今のは舌打ちです」
客「それならいいんだ」
客「昆虫がラーメンに入ってたとか、それに関しては認めよう。全てを許そう」
店主「お客さん、チョロイですね」
客「うん、よくいわれる」
客「だが、一番の問題がまだ残っている」
店主「なんでしょう?」
客「ゴキブリは……汚い!」
客「どうよ!?」
店主「どうよって、私に問いかけないで下さい」
客「ごめん」
店主「ついでに反論しておきましょう。このゴキブリは汚くありません」
客「なにっ!?」
店主「黒いボディがテカテカと光って、ほら美しいじゃございませんか」
客「たしかに……こうして見ると悪くないかも。ちょっとした宝石みたいだ」
店主(よし、あと一押し!)
店主「それにゴキブリって、エビと似たような食感らしいですよ」
店主「つまり、ラーメンにゴキブリが入っててもなんの問題もない!」
店主「は……?」
客「勝負を焦って、あんたはミスを犯した。それも致命的な」
店主「ミス……だと……!?」
客「そう、俺はエビが嫌いなんだ!」
店主「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
客「伊勢海老も嫌いだし、かっぱえびせんも嫌いだし、エンターブレインも嫌いだ」
客「そんな客に、エビと全く同じ存在であるゴキブリ入りラーメンを出す……」
客「客商売としてあるまじき行為だ!」
店主「ぐっ、ぐぐぐっ……ぐっ……!」
店主「食べ物の好き嫌いをいう奴は……一流になれない!」
客「ぐうっ!?」
客「たしかに……なんとなくそんな気もしてきた……」
客「だ、だけど……俺は一流のはずだ!」
客「現に今もこうして、一流のクレーマーとしてあんたと戦ってるじゃないか!」
客「なんだと!?」
店主「一流のクレーマーだったらなぁ……」
店主『たとえば、このゴキブリがチャーシューだったらどうでしょう?』
客『嬉しい……!』
店主「こんなやり取りしねえよ!!!」
客「しまったぁぁぁぁぁ!」
店主「三流だったってことだ! この半端者が!」
客「ぐぅぅ……!」
店主「私の勝ちだ」
客「だけどさ……三流でなにが悪い?」
店主「!?」
客「だけどあんたにだって、二流や三流だった時期はあるはずなんだ!」
店主「くっ……!」
客「それを棚に上げ、未熟な人間を三流呼ばわりするあんたこそ、真の三流じゃないのか!」
店主「あびゃびゃっ、びゃっ!」
客「ん?」
店主「“真の三流”って、なんかかっこいいね」
客「たしかに!」
店主「“真の一流”だと、装飾しすぎ感があって、どことなくウソっぽさがあるけど……」
客「“真の三流”だと、いかにも宝石の原石って感じがする!」
店主「ああ、決まりだ!」
店主と客「俺たち二人揃って、真の三流だったんだ!!!」
ゴキブリ「フッ、笑わせてくれる」
客「ゴキブリ!? 生きてやがったのか!」
ゴキブリ「なーにが、真の三流だよ」
店主「なんだと!?」
客「俺たちを侮辱することは、いくらゴキブリでも許さんぞ!」
ゴキブリ「あんたらは“俺がラーメンに入ってた”って前提で話をしている」
ゴキブリ「だけど、こうも考えられねえか?」
ゴキブリ「“ラーメンの方から俺を入れた”って」
客と店主「あっ……」
ゴキブリ「俺をドンブリの中に入れたのさ!」
客「そうだったのか……!」
店主「意外な真相!」
ゴキブリ「こんなことに気づかないようじゃ、お前ら三流ですらねえ」
ゴキブリ「まだまだ独りよがりの“自己流”よ!」
客「三流への道は……」
店主「厳しい……!」
店主「うむ、それを問いたださねばならん!」
店主「ラーメンよ、どうしてこんなことを!? 答えるんだ!」
「……」
店主「これは……これはラーメンではない!」
客「え!?」
ゴキブリ「なにいってんだよ!?」
店主「これは……うどんだ!」
うどん「……バレたか」
客「そういえば……なにか違和感があると思ったら! これはうどんだったのか!」
店主「いつの間にか、私のラーメンとすり替わり――」
ゴキブリ「俺をどんぶりに入れ、ラーメンとして客に出されたってわけか……」
店主「なぜ、こんな手の込んだことを!?」
うどん「……」
店主「君は近所のうどん屋の、美人で気立てがいいと評判の看板娘ちゃん!」
店主「まさか、私の店の評判を落とすために、このうどんを潜り込ませたのか……!?」
店主「君みたいないい子がそんなことするなんて、とても信じられない!」
うどん「……そうじゃない」
うどん「看板娘殿は、店主殿……あなたを好いていた」
店主「!」
うどん「しかし、このラーメン屋は常に繁盛していて、看板娘殿が告白する暇などない」
うどん「だから、評判を落とせばあなたが暇になる……と考えてしまったのだ」
店主「そうだったのか……」
看板娘「!」
店主「私も……君が好きだ。忙しい時期を過ぎたら、告白するつもりでいた」
店主「いや、むしろもう結婚しよう!」
看板娘「店主さんっ!」
ゴキブリ「ヒューヒュー!」
うどん「看板娘殿、おめでとう」
店主「だが……私はこのお客様に対して責任を取らねばならない」
店主「私がどんぶりの中身をチェックしていれば、この悲劇は起こらなかったのだから」
看板娘「それは違うわ!」
うどん「違う。全ては私の責任だ……罰せられるべきは私」
ゴキブリ「違うね! うどんの中から脱出しようとしなかった俺が悪い!」
店主「いいや……ラーメンがうどんにすり替わったことに気づかなかった私が悪い!」
客「どれも違う!」
客「ラーメンを注文してうどんが出てきたのに、気づかず食ってしまった俺が悪いんだ!」
店主「どうする気ですか、お客様!」
客「決まっているだろう……この悲劇を“喜劇”に変える!」
客「君たち二人を祝福することによってね!」
客「君たちの結婚式では、この俺が仲人を務めさせてもらうよ!」
ワァッ……!
うどん「我々ももちろん」
ゴキブリ「出席させてもらうぜ!」
店主と看板娘「是非来てくれ!」
客「――しかしッ!」
客「店主さん、あなたには結婚する前に、まだやるべきことがある!」
店主「ま、まさか……婚前交渉!?」
看板娘「きゃっ……!」ポッ
店主「これは失礼!」
おわり
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客「このラーメンゴキブリが入ってるぞ!」店主「なんですって!?」
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