澄み切った空と、心地良い日光に照らされ、もはや授業を受けることが馬鹿らしくなった俺は、机に突っ伏して惰眠を貪っていた。
それだけ聞くと、素行が悪く思われてしまうかも知れないが、なにせ現在の時刻は昼下がりの午後だ。
幸いなことに俺は、そのどちらにも属していないので、気負うことなく熟睡していた。
そんな怠惰な俺のズボンのポケットから、小気味良い振動が伝わる。
キョン「ん?」
メールの着信を知らせるバイブレーションに気づき、寝ぼけ眼で携帯を一瞥すると、そこには中学時代の同級生の名前が表示されていた。
その名前に、俺は首を傾げつつも、届いたメールを開く。
From:佐々木
突然連絡してすまない。
俺は、体調を崩した、の辺りで席を立ち、教師に「う○こを漏らしたので帰ります!」と告げ、足早に教室を出た。
キョン「待ってろよ、佐々木…!」
俺は脇目も振らず一目散に、佐々木が通っている地元で有名な進学校へと駆け出した。
キョン「佐々木!大丈夫か!?」
俺が息急き切って駆け寄ると、佐々木は校門に背をもたれ、しゃがみ込んでいた。
佐々木「やあ、キョン。わざわざすまないね」
軽く手を挙げて語りかける口調こそ、いつも通り穏やかなものだったが、その頬は赤らみ、柔らかな前髪は汗で額に張り付いている。
ひと目で高熱に苦しんでいると見て取れた。
キョン「水臭いことを言うな。俺とお前の仲じゃないか」
佐々木「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。やはり、持つべきものは友、だね」
そう嘯いて、佐々木はくつくつと笑う。
佐々木「ああ、頼む。いや実は、両親が仕事で留守にしていてね。だからこそ、君にこうして迎え来て貰ったという訳なのさ」
なるほど。
しかし、両親が留守とは……心配だな。
キョン「なんだ、それなら俺の家に来ればいい。そんな有様で誰もいない家に帰っても、大変だろ?」
佐々木「君の家に、かい?それは…その……君さえ良ければ、願ってもない提案だけど……」
キョン「決まりだな」
そんな訳で、俺は佐々木を家に連れ込む……もとい、保護することとなったのだった。
佐々木「わかったよ。……なんだか、随分頼もしいじゃないか」
目的地が決まった俺達は、そこに向けて歩き出した。
学校指定の制服に身を包む彼女は、当然スカートを穿いており、おんぶをする際、その中身が露わになってしまうことを恐れた俺は、上着を脱いでそれを腰に巻きつけておいた。
これで不届きな輩の視線を遮りつつ、佐々木の温もりと香りが俺の上着に染み付くといった寸法である。
そんな不届きな思いを胸に抱き、背に伝わる佐々木の、無さそうに見えて意外と有る、その感触を楽しみながら、俺は前へ前へと足を進めていった。
佐々木「キョン、重くないかい?」
キョン「重くなんてないさ。むしろ、軽すぎて心配になってくる」
佐々木「そうかい。それなら、良かった。いや、これでも僕は体重の維持を心掛けているんだよ」
佐々木の一人称は『僕』である。
佐々木はそんな、不思議な奴だった。
キョン「もう少しくらい、太ったほうが良いんじゃないか?」
佐々木「そうやって甘やかすのはやめたまえよ。甘言にほだされて、豚みたいになったらどう責任を取るつもりだい?」
キョン「その時は、その時さ」
佐々木「まったく……君は変わらないね、キョン」
そんな呆れた物言いとは裏腹に、佐々木は先ほどよりもこちらの背中へ密着してきた。
次第に口数が減り、こちらから話題を振っても生返事で返すことが多くなってきた。
どうも、かなりキツイようだ。
キョン「佐々木、もうちょっとだからな」
佐々木「ああ、本当に…苦労を掛けるね」
キョン「気にするな。ほら、見えてきたぞ」
ようやく自宅が見えてきた。
俺は、はやる気持ちを抑え、一歩一歩着実に、自宅を目指した。
佐々木「まさか久しぶりの来訪がこんな形になるとはね……」
キョン「そんなこと言っても仕方ないだろ。すぐベッドに寝かせてやるからな」
自宅へと戻った俺は、まっすぐ自室へと足を向けた。
キョン「佐々木、降ろすぞ」
佐々木「ああ、すまない」
佐々木をベッドに寝かしつける。
現在、佐々木は俺のベッドで寝ている。
それだけで、たったそれだけのことで、こうも気持ちが昂ぶるとは、思いもしなかった。
だが、あまりジロジロ眺めていては、余計な警戒心を抱かれかねない。
そうだ。ムラムラしてる場合じゃない。
キョン「どうだ?……む。やっぱり、熱があるみたいだな」
佐々木「キョン、くすぐったいよ」
本来の役割を思い出した俺は、佐々木の頬や首筋に触れて体温を確かめた。
いや、決して、それを口実に佐々木に触れたかったというわけではなく、純粋に発熱の有無を確かめる為の行動である。
もっとも、熱があることは彼女の様子や、背負った際に伝わる体温からわかり切っていたことではあったが、確認の意味を込めて、致し方なく、そうしたというだけだ。
そう、全ては佐々木の為である。
佐々木「何から何まで、本当にすまないね。けほっ…けほっ……」
キョン「いいから、ゆっくり休んでろって」
身を起こそうとして咳き込む彼女を押し留め、俺は風邪薬を探しに向かう。
たしか、台所に風邪薬があった筈だ。
キョン「……参ったな」
どうやら切らしてしまっているようだ。
仕方なく、薬局にでも買いに行こうかと思った俺が、一縷の望みにかけてもう一度戸棚の奥を物色すると、それはあった。
箱の裏に書かれた効能を確認すると、解熱作用があることがわかり、やむなく俺はそれを使用することを決断したのだった。
佐々木「やあ、おかえり。薬はあったかい?」
キョン「ああ。あることにはあったが……その前に、プリンでも食べてみないか?」
何を隠そう、このプリンは先ほど台所を物色した際に冷蔵庫で見つけた物だ。
なので、躊躇なくかっぱらってきたのだが、それを見た佐々木の表情は冴えない。
佐々木「……プリン」
キョン「ん?プリン、嫌いだったか?」
佐々木「いや、どちらかと言えば好きなほうだけど、胸がムカムカしていてね。食欲がないんだよ」
プリンすら食べられないとは。
俺はけしからんと言わんばかりに、用意したプリンを仕方なく、自分で食べた。
キョン「それで薬なんだが、少々問題がある」
佐々木「問題?」
キョン「ああ、問題と言っても些細なことなんだ。実はな……」
佐々木「どうしたんだい?」
可愛らしく小首を傾げる佐々木の眼前に、それを突き出し、よく見えるようにしてやる。
キョン「……これしか、なかったんだ」
佐々木「これは、もしかして……」
キョン「見ての通り……座薬だ」
そう、俺が見つけた解熱剤は、座薬だった。
キョン「ああ。しかし、大した問題ではない。薬を口から飲むか、尻から入れるか、それだけの違いだ」
佐々木「その違いは、途轍もなく大きいと、僕は思うよ」
キョン「いや、座薬というのはそこまで大きい物じゃない。ほら、小指の先程度だ」
難色を示す佐々木に、俺は座薬を箱から出して見せてやった。
佐々木「そういう問題じゃないんだ。キョン、僕はもっと高度な話をしてるんだ」
なんと。
頑なに拒否の姿勢を貫く佐々木に、辛抱強く、諭すように言い聞かせる。
佐々木「……そういう言い方は、ずるいよ」
そんな俺の真摯な態度に、心を動かされた様子の彼女に対し、俺は畳みかける。
キョン「佐々木、何も俺はお前1人に辛い思いをさせるつもりはない。お前が座薬を受け入れるなら、俺もそれを受け入れる覚悟がある」
佐々木「ま、待ってくれ!?それはおかしい!けほっ…けほっ…キョン、それは絶対におかしいよ!!」
俺の覚悟に、佐々木は血相を変えて反論してきた。
彼女の気持ちはわからなくもない。
ならば、こうするまでだ。
キョン「……わかった。なら、せめて、その座薬を俺に入れさせてくれないか?」
俺の申し出に、佐々木は目を白黒させて、言葉の意味を上手く飲み込むことが出来ないようだ。
仕方ない。
キョン「そうだ。お前の尻に、俺が手ずから座薬を入れてやると、そう言ったんだ」
佐々木「そ、そうかい。それなら…うん。そうだね……お、お願いしよう、かな?」
顔真っ赤にして目を泳がせ、いつになく歯切れの悪い佐々木の物言いに、俺は熱のせいで思考力が損なわれているのだと、そう思い、一刻も早く解熱する必要があると判断した。
キョン「それじゃあ、尻を出してこちらに向けてくれ。大丈夫だ。すぐに楽にしてやるから」
キョン「これは…!」
先ほど食べたプリンよりも、『プリン』と呼称するに相応しい、そんな佐々木の臀部が露わになる。
しかし、まさか、これほどとは。
佐々木「キョン、その……恥ずかしいから、早くして貰えるとありがたいのだけど……」
キョン「あ、ああ、すまん」
穴が空くほど、穴を見つめる俺に、佐々木は酷く恥ずかしがり、心なしかプリン的な尻たぶも淡く朱が差しているように見えた。
もとい、ジョニーを、今すぐ撫でシコリたい衝動に駆られる。
呼吸をすることすら忘れ、食い入るようにガン見を続ける俺に、佐々木は堪らず再び苦言を呈す。
佐々木「キョン!お願いだから早くして!」
そんな佐々木の悲痛な叫びに対して、俺はいけないと、それはダメだと思いつつ、自分の劣情に抗い切れなかった。
キョン「……佐々木、少し静かにしてくれ」
自分の声とは思えない程、冷淡な声が口から飛び出した、次の瞬間……
パシンッ!
と、乾いた音が室内に響いた。
佐々木「キョン!?」
なんてことをしてしまったんだ。
しかし、それ以上に、背徳感を上回る達成感、そしてその根源たる征服感に、俺のちっぽけな良心は打ち砕かれていた。
キョン「フハッ!」
知れず、笑い声が漏れる。
なんだ今のは。まさか俺の笑い声か?
そんな、乱心した俺の正気を取り戻してくれたのは、他ならぬ、佐々木だった。
佐々木「キョン、お尻を叩くのも、きっと僕の為なんだよね?僕は……君を信じてるよ」
その言葉に、目が覚めた。
キョン「佐々木…すまない!俺は自分を見失っていたようだ。すまない……本当にすまない」
佐々木「正気を取り戻してくれて嬉しいよ。大丈夫。僕は根に持ったりしないから、作業を再開してくれるとありがたい」
いっそのこと、もう自害してしまおうかと思った俺に、佐々木は優しい言葉を投げかけた。
その優しさに、委細かまわず作業を再開せよと命じる心の強さに、俺は感服してしまい、もう彼女には一生頭が上がらないな、と思いつつ、作業を再開させたのだった。
佐々木「ああ、今度こそ頼むよ」
俺達の間に、それ以上の言葉は必要なかった。
為すべきことを為す。
与えられた役割を、今度こそ遂行するべく、俺は再び佐々木の尻穴へと向き合った。
キョン「……何度見ても素晴らしいな」
性懲りもなく、またおかしなことを口走っていると思われるかも知れないが、別に俺はふざけて言ってるのでない。
本当に素晴らしいのだ。
そう、『Miracle』である。
そんな奇跡を目の当たりにして、またしても俺の理性が吹き飛びかけるが、寸での所でギリギリ踏み止まった。
わかってるよ。
これ以上、佐々木の信頼を踏みにじる訳にはいかない。
キョン「ああ、わかってる。心配するな……ん?」
強靭なメンタルを見せつけ、精神面での勝利を掴み取った俺だったが、ふと、違和感を感じ、視線を巡らせると……
ジョニーが、懸命に自己を主張させていた。
なんてこった。
しかし、こればっかりはどうしようもない。
いや、多感な男子高校生という肩書きを言い訳に使うまでもなく、男なんて皆こんなものだろう?
キョン「……参ったな」
GO!GO!しようとするジョニーを、なんとか押し留めつつ、どうしたものかと思案を巡らせる俺に、佐々木は訝しむような声を掛ける。
佐々木「どうしたんだい、キョン」
キョン「いや、実はチャック・ベリーがな……」
佐々木「チャック・ベリー?……チャックがどうしたって?」
キョン「ジョニーをチャックから解放してやるべきかどうか、悩んでいるんだ」
もう俺は、自分が何を言っているのかわからなかった。
キョン「いや、俺の股間のジョニーのことだ」
佐々木「……は?」
キョン「ちなみに、チャックというのも俺の穿いているズボンのチャック、通称『社会の窓』のことであり……」
佐々木「まっ、待ってくれ!キョン!また君は正気を失っているぞ!!」
はっ!
また同じ過ちを繰り返す所だった。
やむなく俺は、GO!Johnny!GO!GO!することを諦め、本来の目的である座薬の投入に全身全霊を向けることにした。
佐々木「わ、わかった。い、痛くしないでくれたまえよ?」
座薬を指先でつまみ、佐々木の尻穴に向けて照準を合わせる。
いよいよ、この時が来た。
紆余曲折あったが、無事この瞬間を迎えられたことに、俺は心の底からチャックに感謝したい。
キョン「……入れるぞ」
佐々木「……ん」
恥じ入るような同意の声を、しかとこの耳に刻み込んだ俺は、一息にその凶弾を尻穴へと埋めた。
おっと!
キョン「す、すまない!佐々木、痛かったか?」
佐々木「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから……」
慌てて謝罪する俺を、佐々木は寛大にも赦してくれた。なんともありがたい。
佐々木「あっ」
キョン「うぉっ!?」
なんと!
キョン「……出て、きちまったな」
佐々木「うぅ……申し訳ない」
俺の手に舞い戻ったそれは、見まごうことなき座薬であり、そしてそのツルンとした白い表面は、入れる前とは違い、茶色く汚れていた。
俺はそれをさりげなく制服のポケットへと仕舞うと、気を取り直すように殊更明るく振舞った。
キョン「いいさ。慣れてないなら仕方ない。もう一度だ。なに、次はきっと上手くいくさ」
佐々木「キョン……君にそう言われると、本当に上手くいくような気がするから、不思議だよ」
そんな俺の機転により、くつくつと笑えるくらいに気持ちを持ち直した佐々木の頭をくしゃりと撫でた後、今度こそ投薬を成功させるべく、俺は新しい座薬を箱から取り出したのだった。
佐々木「……わかった。遠慮なく、やってくれ」
まさか二度もこの神聖な神義を執り行えるとは、思わなんだ。
感涙に咽び泣きそうになる衝動に駆られながらも、泣いている場合ではないということを重々承知している俺は、すんっと一つ、鼻をすするふりをして佐々木の尻穴の匂いを嗅ぎ、つまんだ座薬をゆっくりとぶち込んだ。
佐々木「んっ」
ズブズブと、今度は人差し指の第二関節付近まで埋め込んでいく。
佐々木「ふっ……はっ……」
佐々木の悶える声が、静かな室内に響く。
駄目だ。
理性が崩壊する寸前で、俺は勢い良く指を引き抜いた。
佐々木「あっ!」
一際大きな、切ないその嬌声を聞きながら、俺は引き抜いた指をすんっとひと嗅ぎし、その美臭に酔い、胸一杯に満足感が満たされるのを感じた。
キョン「……今回は、大丈夫そうだな」
深く深く埋め込んだ座薬が、もう脱出することはあるまい。
佐々木「……上手くいって、良かった。キョン、君のおかげだ。ありがとう」
キョン「俺は当然のことをしたまでだ。感謝なんてしなくていい」
佐々木「僕がしたくてしてるんだ。素直に感謝を受け取りたまえよ」
格好付ける俺を、佐々木はくつくつと一笑に付し、恩を着せてきた。
キョン「いいから、後はゆっくり休め」
佐々木「お言葉に甘えて、そうさせて貰うとしよう。それじゃあ、おやすみ、キョン」
キョン「ああ、おやすみ」
素直に俺の布団に身を埋めた佐々木は、すぐに寝息を立て始めた。
そんな彼女の寝顔をしばらく眺めた後、俺は少しでも熱が下がるようにと、水で濡らしたタオルを額に乗せてやったのだった。
佐々木「キョン……」
キョン「……ん?どうした?」
俺は咄嗟に佐々木の口元に耳を寄せて、聞き返した。
佐々木「キョン……キョン……」
キョンキョン?
だとすれば、ただの寝言か。
普段理知的な彼女の可愛らしい寝言に、俺が頬を緩めていると、佐々木の細っそりとした指先が布団から出ているのが見えた。
佐々木「キョン……」
心なしか安心したようなその寝言に、どうやら佐々木は手を握って欲しかったのだと理解した俺は、これ以上ない程の愛おしさを感じ、看病の間、彼女の手をしっかりと握っていることにした。
どのくらいの時間が流れただろう。
キョン「あれ…?って、寒っ!?」
窓から差し込んでいた夕日はすっかり沈み、ひんやりとした冷気が暗い部屋を満たしている。
どうも、2~3時間は寝ていたようだ。
その間に帰って来たらしい妹が、冷蔵庫からプリンが紛失していることに気付き、俺の部屋に怒鳴り込んで来たらしい。
仕方なく俺は部屋から顔を出して、不満げな妹に対して返事を返すことにした。
キョン「プリン?そんなものは知らん。シャミセンが食っちまったんじゃないか?」
キョンの妹「シャミが?こらっ!シャミ!!勝手に人のプリン食べちゃ駄目でしょー!!」
一切疑うことなく信じた妹が、腕に抱えたシャミセンを怒鳴ると、罪を押し付けられた哀れな三毛猫は、慌ててその腕から逃げ出した。
キョン「すまん、シャミセン」
あとで高級キャットフードを買ってやるからと詫び、合掌した俺は、寝込んでいる佐々木の様子を伺うべく、部屋の明かりを点けた。
明かりを点けると、ベッドに寝ていた佐々木がむくりと起き上がってきた。
キョン「いや、そもそもあのプリンの蓋には象形文字のような記名しかされてなかったから……と、それはひとまず置いといて、佐々木、もう大丈夫なのか?」
佐々木「ああ。熱は下がったみたいだ。それより、あとでちゃんと妹さんに謝るんだよ?」
そうやって俺を叱りつける彼女は、すっかりいつも通りであり、座薬の即効性に改めて驚嘆した俺は、反論を諦め、その注意を受け入れることにした。
キョン「……わかったよ。妹にはあとで謝っておく。……とりあえず、熱が下がって良かったな」
佐々木「君の適切な処置のおかげさ。それに……ずっと手を握って貰えていたから、というのも、大きな理由の一つだろう」
佐々木はそう言って、格好良く、くつくつと喉を鳴らして笑ったのだった。
その提案に佐々木は素直に従い、鞄から携帯を取り戻して、連絡を取った。
佐々木「既に帰宅していたみたいで、すぐに迎えに来てくれるそうだ」
キョン「そうか。良かったな」
佐々木「僕としては今日は泊まっていきたいところなんだけどね」
キョン「……また、尻を叩かれたいのか?」
体調がいくらか回復したことにより、幾分饒舌になった佐々木と会話をしていると、あっという間に時が流れ、そうこうしているうちに窓の外から自動車の排気音が聞こえてきた。
その排気音に気付き、立ち上がろうとした彼女が不意にバランスを崩したところを、慌てて俺は支えてやった。
キョン「大丈夫か?」
佐々木「ああ、すまない。まだ本調子じゃないみたいだ」
意図せず佐々木を抱きしめる形になった俺の心臓は、張り裂けんばかりに高鳴り、こちらの胸に顔を埋める彼女に、その鼓動が伝わっていないか心配になってしまう。
佐々木「……もう、大丈夫」
キョン「あ、ああ……」
そっと、こちらの胸を押すように佐々木は離れた。
佐々木「……キョン。今日の恩と仕打ちは必ず返すから、楽しみにしててくれ。それじゃあ、また」
そんな物騒な言葉を言い残し、佐々木は帰って行った。
佐々木が帰った後、残された俺は佐々木の匂いが染み込んだ布団の中で、ポケットに仕舞い込んだ使用済みの座薬の香りを嗅ぎながら、深夜までゴソゴソして過ごした。
そのせいか、朝、目が醒めると非常に身体が怠く、どうやら風邪を引いてしまったようだと悟った。
キョン「……こりゃ、学校に行けそうもないな」
そう判断した俺は、親にそのことを告げ、今日は休むことにした。
その時、
ピンポーンと、
ベッドの中で再び寝入ろうとする俺の耳に、来客を告げるチャイムの音が聞こえた。
玄関で出迎えたお袋と何やら問答する声が聞こえ、一瞬ハルヒではなかろうなと、身構えた俺だったが、あいつの喧しい声がしないことに安堵し、改めて寝入ろうと目を閉じたのだが……
俺の部屋に向かって、足音が近づいてきた。
まさか本当にハルヒか?
佐々木「やあ、キョン。昨日のお礼にと立ち寄らせて貰ったんだが、今度は君が風邪をひいてしまったんだって?」
キョン「佐々木……」
来訪者は、すっかり元気になった様子の佐々木だった。
キョン「いいって!頭を上げてくれ!風邪菌なんてそこら中に蔓延ってるんだから、お前のせいだと決まった訳じゃないだろう!?」
頭を下げる彼女に、俺は慌ててそう言って、頭を上げるように促す。
そういや昨日、仕舞い忘れてたな。
佐々木は昨日自分が世話になったその箱を手に取ると、くつくつとほくそ笑んで、それを俺の眼前に突き出した。
佐々木「キョン、君への恩返しと仕返しを、今日いっぺんにしてやろう」
そんな嗜虐的な佐々木の言葉に、俺は頬を引きつらせつつ、心のどこかでほんの少し喜びを感じてしまうのだった。
FIN
元スレ
キョン「佐々木!大丈夫か!?」佐々木「やあ、キョン。わざわざすまないね」
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